|
仕事を終え、事務所を出る。深夜でも必ずタクシーが列をなしている。停車しているタクシーの列に近づいて手を挙げる。ドアが開く。行き先を簡潔に告げるとドアが閉まる。いつもと変わらぬ動作である。幾度繰り返したかわからない日常の所作だ。
しかし、今日のタクシーは少しいつもと違った。シートには毛足の長いクッションが敷かれており、低い音量で流れている曲は、おそらくジャズだ。前の座席の背中には、Swing JournalとBlue Noteの広告が挟まっている。興味を引かれて手に取ると、会話が始まった。
−ブルーノートとか行かれるんですか。
よく見ると、運転席と後部座席を隔てるアクリル板には、Jazz Taxi Anzaiと木製のロゴが見える。「真空管アンプを搭載しています」との説明書きが掲示されている。確かに音が柔らかい。
好んで聴くのはバド・パウエルであるとの話をする。50連奏のチェンジャーに入っているはずだが、見当たらないとのことだったのでお奨めのピアニストを選曲していただく。ゴンザロ・ルバルカバというキューバのジャズ・ピアニストだそうだ。力強い、だが、繊細なピアノ曲が流れ出す。しばらくして、原曲がジョンレノンのImagineであることに気づく。骨太なタッチと繊細なニュアンスが調和するImagineを、真空管アンプのカドの取れた音色で聴きながら帰途に就く。
忙しくてジャズを落ち着いて聴く機会が減っており、最近ではマンハッタン・ジャズ・クインテットくらいかなとつぶやくと、
−デビット・マシューズは僕のことを「先輩」と呼ぶのです。
と言われてちょっと吃驚する。
−ヘレン・メリルや秋吉敏子さんも乗りました。みんな予約して乗ってきます。
降車する際に、
−ホームページがあるので、「ジャズ・タクシー」のキーワードで検索してみてください。
と言われて、見てみますと約束する。部屋に帰り、スーツを脱ぐのもそこそこにPCを立ち上げて検索する。
http://homepage2.nifty.com/jazztaxi/
充実したページである。掲示板へ書き込みをしてしまう。Anzai氏の移動式ジャズ喫茶には、よほど運がないと巡り会えないが、その日を楽しみにしている。
|