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2001年09月10日(月) 書評:Pascale Roze 「Le Chasseur Zero」

パスカル・ローズ"Le Chasseur Zero"(ゼロ戦)を読了。
筆者は、この小説で、ゴンクール賞を獲得している。これが筆者にとって初の長編小説であるというから恐れ入る。

この小説の主人公である女性の語りには、一つのノイズが一貫して流れている。
それがゼロ戦のエンジン音となるまでのくだりは、説得力がある。

フランスの少女である主人公とゼロ戦を結ぶ線が、神風特攻隊隊員の手記を通じて主人公自身によって見出され、そして内面的に主人公を蝕むカミカゼの幻影との共生の試み、挫折、そしてカミカゼを克服するまでの物語、と要約してしまえば、ありきたりの架空の物語にすぎない。その類の話は消費されるために生産され、そして消費されて行くのが通常である。もし、この小説を単なる主人公の成長を追った小説とみなすのであれば、その価値は消費財のそれへと接近する。

だが、そのような読みでは、この小説の魅力を十分理解したとは言えないのではなかろうか。私の意見では、むしろ、乾いた文体から紡ぎ出されるその強度に注目すべきである。センテンスの短さ、リズム感は、カミュに通じるものがある。描写のみの力で読者に緊張感をもたらすのは、非凡な才能といえる。

ただ、随所に甘いと思わせる何かがあることもまた否めない事実ではある。題名からして甘い。というのは、Zeroは、Chasseurと組み合わせてゼロ戦を指し示すだけではなく、筆者のRozeのアナグラムでもあり、Chasseurは、狩人という含意がある。この事実は、筆者自身が明らかにしていることである。すなわち、題名がある一定の読みを強制しているおそれがある。そして、自分自身を追い求める(あるいは追い詰める)旅との読みは、むしろこの小説の魅力を半減させる可能性すらある。

それでも、おすすめの一冊。願わくばこのような文章を書きたいものだ。







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