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2001年07月16日(月) 日々雑感:読書欲

大学時代の文科�稽爐瞭唄�の女性が、実は私の勤務する事務所にセクレタリーとして勤務している事が判明し、共通の知人の話で盛り上がったのは、先週の北京旅行の時の話。

そこで文学研究会の話をしたためか、まともな文学を読む気になり、先週末にどっさり本を買い込んできた。

いまさらながらという感はあるが、大江健三郎「万延元年のフットボール」、カズオ・イシグロ「わたしたちが孤児だった頃」、トニ・モリスン「青い眼が欲しい」、ミラン・クンデラ「生は彼方に」、中村稔「中也を読む」。

うーむ。見事なまでにまとまりがない。さながら無作為的抽出である。
あ、あと、ポール・オースターのMusic of Chance(偶然の音楽)をPaperbackで。彼の作品は、やはり原文で読んでこその味がある。売れない詩人であった彼の言語感覚は、英語でこそ研ぎ澄まされているのが判る。とはいえ、柴田元幸氏はかなりよくやっているとは思うけれど。

中村稔氏は、詩人であり、弁護士である。すでに文学と法律の分野において偉大な業績を残しておられる。僕にとって偉大過ぎる先達である。中村合同という優れた特許事務所(私の同期の友人が勤務している)の代表でもあり、同時に日本近代文学館の館長を勤める中村氏は、宮澤賢治についてこう語る。

『賢治に惹かれる理由は、彼が詩人であったからではなく、農業技師であったからでもなく、「詩人であると同時に農業技師であることがなんら矛盾していなかった、そういう人物の精神の奇怪な眺望がぼくを把えるのである。」』

僕が、宮澤賢治、ボリス・ヴィアン(小説家にして機械技師、音楽家、映画監督)などに惹かれるのは、この中村氏の視線と同様の理由によるところもある。僕はその意味では、恵まれている。「先達はあらまほしきものかな」である。

・・・・しかし、これをいつ読むのだろう。すでに読んだ小説の書評も書こうと思っているものがたまっており、例の主体の二重化の議論(アゴタ・クリストフ)も書けてはいるが、いまいち割り切れずにアップしていない。

帰宅して酒でも飲むか。まだ開栓していないブナハーブンは、父と呑むために取っておくとして。







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