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2001年05月27日(日) 書評:佐野眞一「誰が「本」を殺すのか」

佐野眞一「誰が「本」を殺すのか」読了。

気鋭のノンフィクション作家、佐野眞一によるドキュメントである。大宅賞を受賞した後、最近では一審無罪の後、異例の勾留を認められ、高裁で有罪となったネパール人の被告人が関係する「東電OL殺人事件」のルポが評価されている。この「誰が「本」を殺すのか」も、至るところで平積みにされているのを見かける。それも、息が長い。意外に関心を持っている層が存在していることに驚く。

タイトルはいささか刺激的にすぎるきらいはある。だが、盛んに議論される再販制度の廃止や、本離れ、読書離れ、従来型書店の廃業の激増などの事情を考えると、「本」をめぐる書店、流通の状況は筆者の問題意識通り、一種の危機的状況にあるといっても過言ではなかろう。(余談ではあるが、本離れというのは、正確な用語ではない。硬い本から離れているだけであって、柔らかい本は売れに売れている。たとえ活字ばかりで埋め尽くされた本であっても。)

次の一文が、端的にこの危機の状況を指し示している。

「私は、これを「本」をめぐる文化状況論として書いたわけではない。「本」の世界に今起きている事件ルポルタージュとしてこれを書いた。いま「本」を殺そうとしているのは、誰なのか。出版社なのか編集者なのか取次なのか。それとも書店なのか図書館なのか書評家たちなのか。いやひょっとすると私を含めた著者たちなのかもしれないし、意外にも読者なのかもしれない。」

この疑問から出発し、筆者は地道なインタビューを繰り返す。「本」が作られてから読者の手元に届くまでの過程を分析していくうち、どこか一箇所が目詰まりを起こしたのではなく、「本」を巡る構造的に極めて硬直的なシステムが存在することが発見される。この意味で、このルポは、発見の物語でもある。

電子図書館について、基本中の基本であるランカスターの著書への言及がなかったのは意図的なのか、疑問に思わないでもない。図書館への理解についても、少々過激でバランスを失した見解を述べているのも気になる。

だが、総じて、すばらしい出来映えであると素直に感心してしまう。筆者は、ドキュメンタリーのセオリーどおり、足を使って取材を重ね、場合によっては、再取材も積極的に行っている。インタビューの数には、筆者の手抜きをしない姿勢が現れている。また、現在の本をめぐる構造的状況の一面を語ることのできる重要人物をインタビューの対象として選択している点は、高く評価される。紀伊国屋の松原「閣下」のインタビューは、もう少し長くても良かったように思うが。

私が通いつめていた盛岡市の「さわや」という書店の店主が数々の伝説とともに賛辞で紹介されているところも、気に入った。あの本屋はいま、どうなっているだろうか。ページを繰る手をふと休めて、思い出にふける。









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