松山物語 - 2006年04月29日(土) 今日はおやすみ 本当なら琵琶湖でマーガレットステーションな予定でしたが・・ 松山からの帰路途中です 滞在はたったの12時間だけど、移動には往復20時間位掛かってるこの旅・・ 借りたどうでしょうDVD 〜僕たちの旅はここから始まった、サイコロ1〜 を見て 「道後温泉いいなぁ、でも芋洗い状態に近かったんだろうきっと・・ 私はぼっちゃん団子よりポエムが好きよ!」 と心で悶々として楽しんだ直後松山行きに・・ あぁ悶々とするんじゃなかったわね! 理由はおばあちゃま&おじいさまが倒れたという話で 真夜中寝ず出発したのでした〜 (無事でとりあえず安心) 詳しくは帰ったら書こう 今帰りの船の中 限界だから本気寝よ! 朝まで・・ がんばるわ〜 一家耐久松山物語 21:30 明日のためにそろそろ寝るかとどうでしょうを止めようとしたら 実家から電話。祖父母の具合が悪いとのことで強行松山夜行運転です。 23:00 我が家に迎えに来た家族。急なので準備もいるしね。 スタートです ↓ 淡路を抜けたほうがお金はかかっても早いのだけど、1車線の道が 大半を占めるから寝ず夜行ではかなり危険。 大型連休で車も多いから山陽道〜瀬戸大橋を抜けて松山にします。 しかし淡路に抜けるつもりだったので慣れないJCTでちょっと困惑。 ↓ 2:00 休憩を多くはさみながら向かいますがかなり父の疲労アップ かなり危険が見えて来たので私が無理矢理変わります ワイルドカーどころかシルバーカーに近い我が家の車 でも愛着あるので割り切れず買い替えられない我が家の車 80キロ以上だすとブルブルハンドルが震えます ある意味安全カー ↓ 山陽道は走りやすいけどさ、夜はどちらにしろ駄目だね トラックはかっ飛ばして行くわ見えないわトンネル多いわ 暗闇で景色無いわでとても運転しんどい ↓ 5:00 瀬戸大橋は朝もやです、かなり久々だよ!でも楽しむ余裕は無し かろうじて美しいしまなみが見えて良かった ↓ 10:00 途中父と運転代わり家に着きます おばあちゃんは脱水でえらいことなりかけてました おじいちゃんの病院でついでに見てもらおうと向かいます おじいは入院いる?いうくらい元気になりつつあって安心 ただ救急当番ではなかったとのことでおばあを連れて別の病院へ ↓ 13:00 家の中は・・埃の巣窟でした やばいヤバイよ!とコンビニでマスクを購入して とりあえず床を拭いた別の部屋で父に休憩してもらい 妹とともに大掃除です 「私達、この掃除で風邪ひき決定だね」フフと一睡もせず 体力に任せて大掃除をし続けたのでした ↓ 15:00 おじいちゃんが退院しない事にはおばあちゃんは1人家 それは危険と無理矢理入院してもらおう 食べれてないし無理だよと母が説得 ↓ 16:00 とりあえず限界なのはマイ家族です 私ももう無理です、長時間の車上にもう腰とか耐えられない 一番いいのはおじいちゃんが退院する(明後日)まで おばあちゃんが入院してくれる事・・ そして今夜の船で帰る事だねと決まります 本当はゆっくりいたいけどそうも行かないのが辛い 市内にいたついでに大好きな母恵夢(ポエム)と ぼっちゃん団子をとりあえず買います 一六タルトも食べたかったなあ ↓ 17:00 なんとおばあちゃん自己退院!ひいー 「24時間も点滴する言われた!そんなんされたら病気なってしまう!」 おばあちゃま、すでにもう風邪で病気じゃん! でも性格が基本的に頑固なので言い出したら聞きません えらいこっちゃと迎えに行きます そしておじいちゃん病院にも行って報告です ↓ 18:00 点滴してもらってちょっとはマシだけど うーん心配・・・ 私と母が明日迄残って飛行機で帰るかどうかなど 色々家族会議 松山発なんていつでも空席はあるのさ ↓ 20:00 おばあちゃんは大丈夫の一点張りで 結局休めない仕事なので明日トイレのついでに 必ず電話するようにと約束して港に向かいます (かけたら寝てるのを起こす事になるのもあるし ちょうど選挙でしょうもない電話が多くくるみたいなの・・) ↓ 22:40〜8:40 船に乗って帰るのでした 松山滞在たったの12時間 移動時間20時間以上 きつい旅路だった・・・・・ 風邪も引くさそりゃ・・ 私はともかく父&母が体力厳しいと思うわ ちなみにフェリーは久々で早く寝たい気持ちもあるけど 揺れるお風呂に入ったり楽しみます 辛いだけの旅は嫌いなので楽しみます 次回は予定たてて松山帰ろうぜと母と約束 忙しいからと帰る予定立てなかったら、ほんと大事な時を逃すと思うのよ ↓ 11:00 電話あり 無事みたい よかった・・ 寝ようとりあえず -
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