妄想更新日記
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2002年01月18日(金) 更新無し

わーい!6000HITだって!びっくり!一周年の前にいけるかな?とは思っていたのですが...。あんまりにもTOPをのぞか無いのでキャッシュがたまってたらしく5983から進まないので「あれ?」とは思ってたのですが、わらび様の書き込みで気づけました。ありがとー*(^^)

こんななんにも無いサイトによくぞ....。最近日記さえサボリ気味でなんにも更新の無い所に。しかも暗いし重いし...時にアホすぎて寒いし...。どうしよう...ああ...。

こんな所ですがこれからもよろしくお願いします。そんでキリリクためてる私が大っぴらに言える事では無いですがリク受け付けますので...*


さて昨日は阪神大震災から7年目なのですね。
某サイトさんの日記を読んで感激しました。本当に神戸の方には忘れられない事件なんだなぁと。

しかし私にとっても忘れられない事件なんですよ。そりゃあ神戸の方に比べたら箸にも棒にもひっかからない出来事ですが。


去年の1/17日ワタシは長男が10ヶ月で肺炎を起こし初めての付き添い入院をしていました。仕事を休んで5日目。点滴で徐々に回復しつつある息子と退院の許可を待つ日々。仕事を長期休んで臨時職員としてはクビになりはしまいかとひやひやしつつマトモに御飯も食べれず睡眠もとれずでかなりまいっていました。

そんなある日、突然朝方ただならぬ地震で眼が覚めました。安物のベットはそりゃあ揺れまくり4階が小児科でしたので建物がしなる感じでそれはそれは恐ろしかった。
地震がおさまったかと思ったら、どたどたどたっ!と皆の足音がロビーのTVの方に流れて暫くして乳飲み子を抱えた私達の所にまで情報がはいって来た時は神戸の街は映画の画面のように潰されてまるで特撮でも見るみたいに私は長男を抱えてTVを見ていました。

退院後も名古屋のほうまで余震は何度となく続き私は産まれてはじめて「地震が怖い」と思いました。

私の生い立ちはかなりメロドラマちっくな生い立ちなので「何時死んだっていいや」と何時も思って生きておりました。本当は幸せになりたいと願いながらも何もかも面倒臭くなった時いつも「死にたいなー」とか思って生きてた少女時代でした。

それが自分の好きな仕事を見つけ好きな人と結婚して可愛い子どもが出来て...

そう、「守るもの」ができて初めて「死ぬのが怖い」と思いました。
神戸の街を見て「こんなふうになったらどうしよう!」
「この子が死んだら私も死ぬ」とか「私達が死んだらこの子は残されてどうしよう」とか...

毎日毎日新聞やニュースを見ては怖くて夜眠れなくなって些細な地震にも飛び起きてしまい...あの頃は今よりうんと頻繁に余震があって、その度にどきどきしながら避難カバンの点検をしたりして...。


そんなこんなばっかりしてるのに当の旦那は全然知らン振りで夜眠ってます。今思えば夜中の授乳で幾度か子どもに起こされていたのもあって、ちょっと体力的にも限界が来ててノイローゼ気味だったのかもしれません。

子どもを抱いて「絶対死なさない!」「絶対あんただけは守ってやる!幸せにしてやる!!」とか思ってました。旦那が死んだら...とかもよく考えた時期でした。帰りが遅いと本当に心配になったものです。(たまたまこの時期に大きな交通事故を彼がやったのもあって)

毎晩毎晩心配で心配で子どもをギューッと抱いてさめざめ泣きながら眠って腫れぼったい眼で出勤して...。


そんなある日夜の9:00位に地震がきてあたしはもう顔面蒼白で子ども抱えて布団にもぐったのに旦那は知らん顔で笑ってTV見ててとうとうキレて旦那に今まで思ってた不安や怖さや疲れや平気な顔の旦那にまとめてくちゃくちゃに文句を言ったんですよ。

「もしこうなったらどうしよう〜〜〜〜〜っ!って考えると夜も寝れんのだわ!」


そしたら旦那




















「はぁ?だから今を一生懸命いきるんだろう?」(真顔)



















「!!!!!.......................そうか...?」



















「そーでしょ」(平然)



















「今を一生懸命生きるんだ」

なんて60年代の青春映画か!?って感じの台詞で普通吹き出しちゃいそうですが(っていうかあたしの被害妄想の方が笑えるが)なんかすっごいこの言葉の重大さがスッコーーーーーンって落ちたんですよ。


毎日毎日「守ってやる」「幸せにしてやる」と唱えながら抱き締めて息子を泣きながら見つめて暗い気持でびくびくおどと送る日々のどこが幸せか。

私は今まで何をしてた?この子が産まれて必死で「この子の為」と離乳食や生活リズムや発達にキリキリしてそれでも仕事は完璧にやりたいと頑張って疲れた顔で無理に笑顔で絵本を読んで挙げ句にこの震災。


私は昔からなんだけど結構皆があったり前にやってる事ができない。
この文も途中読みながら「なんてオーバーな人」とか「なんちゅーか...どっちかと言うとわらえるっていうかキモイ」って感じで読まれた方が多いと思います。

でも、遠回りしないと言葉の本当の意味がワカンナインですよ。(アホですいませんと太宰チック謝罪)

きっとこれからもそうかも。

うちの旦那は頭の構造が至極シンプルに出来てて今みたいに「ど〜しよ〜!!」と私がパニックになると、しれっと当たり前の事を言い出して私を正気に帰してくれます。

だいたいにおいて私は現実世界でも妄想癖入ってますので、いつも一つの事柄に妄想を拡大して考える癖があり....

それからかなー「人生楽しんでなんぼ」みたいになったのは。
それでも妄想癖は消えなくてこのサイトで思いきり妄想爆発させてます。こんなに爆発させても皆が引かずに喜んでくれるなんて!わーオタク万歳!!


神戸の人からしたら

「...アホか!」って感じかもしれません。

でも私にしてみたらかなり大きな事なんですよ。


そんな訳で阪神大震災はわたしにとっては重大な自分事の事件であり「気の毒やなぁ〜」っていう気持よりずっと身近な事件で...。

でも当の神戸の人たちの苦労や切なさはいかなるものか想像がつきませんが絶対に忘れない事件です。そして絶対息子共に伝えたい事件なのです。



神戸の震災で無くなった方の御冥福を心からお祈りすると共に一部の苦しい生活の方が少しでも早く幸せになれるよう共に祈ります。









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