JIGOKUNOMISOGURA

2010年01月09日(土) またまたリハビリ。

誰も読んでいない日記だろうから、結構、気楽にリハビリ(本当の意味で)していたんですが、ぽつぽつ、友人含み反応貰ってびっくりです。

そして本当に久しぶりに感想を貰ってしまいましたよ。
ワーワーワー!
本当に嬉しくて嬉しくてアワアワしてしまいました。
私の枯れきったハートにも何か潤いが…(な…涙なんかじゃないんだかねっ)。メール下さった某さま〜。
こんなやつですみません。本当に本当に喜んでいます。
命一杯の愛を込めて念を送ります。エイッ!

…よって今日のタイピングは軽かったぜ。キャシーだな…。私。

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※パラレル注意。もう大人。



 相手のてのひらが触れたとき、一番、相手との違いを感じるような気がする。



 高校生のときまで、ほぼ、同列だった二人の体格は、10代を超え始めたときから明確に差が出始めた。
 現在、ゾロとはひとまわりほど体格が違う。
 それは成長期のときに薄々、理解していたことだった。
 もともとの骨格が違うのだ。更にサンジは幼少期にあったある出来事のせいで、骨格に致命的な影響を受けた。縦には何とか、標準以上に伸びたが、思春期のときはよく、愛する少女たちによく隣に並んで欲しくないとぼやかれ、傷ついたりした。
 どうしようもない。骨が細いのだ。
 ちょうど、二次性徴を始めた少女たちはふくよかで甘い肉付きになる。それは当然で、そして当たり前のように男の目には心楽しいものだけど、「スマート」という言葉に異様に執着を始める、年頃の少女たちにとってサンジは目の毒だったらしい。
 サンジにとって、この枯れ枝のような体格、嬉しくもなんともないのだが。
 けれど、何とか、元の骨が細くとも丈夫だったおかけで、貧相とは縁遠いスタイルでいられた。喧嘩も強かった。

 それでも、自分の成長がここまでだろうな。というのは理解していた。

 そして今では、信じられないことだが、ゾロにも線の細い時期というのはあったのだ。
 いや、当時も線が細いとは思わなかった。それはあくまでも今に比べては、というレベルだ。当時でもゾロは群を抜いて体格が良かった。けれど現在、昔の写真。自分と並んで映るゾロを見ると、随分、線が細いな。と思う。
 対する自分は、当時とまったく変わらない。

 けれど面白いことに、体格にはっきりと差が出た今の方が、対等な気がするのだ。

 ゾロとは毎日、喧嘩をする。今でもする。昔ももちろんしていた。
 昔の方が、相手にもっといらいらしていたし、乱暴だったし、手加減できなかった。
 一歩間違えれば、警察沙汰のようなことも「数回」あった。本当に洒落にならないような関係だった。
 いや、今でも多分、洒落にはならない。
 当時のゾロが手加減していたとは思わない。無意識でもそんなことをしていたら、今頃、自分は殺人者になっている。昔でも、今でも、ゾロとは完全なる対等だから、まだ面を付き合せていられるのだ。
 それだもやっぱり、昔の自分たちは我慢していたと思う。

 サンジはゾロが、いつか自分の背を追い抜くことを知っていた。
 腕が、背中が、腹が、いつか自分よりも厚い筋肉の鎧を纏うことを知っていた。
 当時からゾロの腕はサンジより2割は太かった。差がつくのはそう遠い話ではなかった。
 ゾロと自分では、持っているものが違った。なりたいのも違った。
 見ているものも、知りたいものも。
 けれど本当に、本当に、言いたくはないが、芯の部分。本当に口にしたくはないが、魂に近いような部分で、対等だったのだと思う。現在に至るまで、サンジはゾロ以外と喧嘩が出来る相手はいない。
 けれど、その頃の自分たちは変わる途中で、そしてサンジは、完成が早く、ゾロは遅かった。
 ある意味、サンジは待つ立場だったのだ。
 だからずっと、もどかしかったし、唯一、望まない場所で対等でない自分たちの立場が嫌だった。
 だから、ゾロの成長期が終わり(いや、今でも緩やかに続いているような気がするが)、はっきりと目に見えるくらいの違いが出たとき、なんとなくほっとしたものだった。

 今のゾロとは、一般人とK1ヘビー級ファイター位の差がある。ゾロと一緒のところしか知らない人間が、サンジと並ぶと「背が高かったんですね」とよく判らない感心をされる。ちなみにサンジの身長はこれでも180cmを超える。
 それだけ体格が違うと、歩調が違う。声の出し方が違う。見えているものが違う。腕の長さも。足の大きさも。
 けれど今になってやっと、二人でいて、しっくり来るような感じがするのだ。
 だから今が一番、わだかまり(?)なく、遠慮なく。相手と対等に渡り合っているかもしれない。
 大人になった。というのも一因だろうが。
 今のゾロは素手で人を殺せる。それはサンジ以外の人間でもそうだ。どうにも自分たちは、お互い相手で、一般的な手加減を覚えた節がある。
 それを思えば、一人でも、手加減しなくていい相手がいたというのは、やはり言いたくはないが――言語に尽くせぬほど幸運なのだろう。



 ナミに一度。
「あんたたちは近すぎるのよね」
 と言われたことがある。
 それは悪い意味でもあるし、いい意味でもある。とナミ自身が言っていた。
 言われたときは意味が判らなかったし、こんなのと近すぎると言われたと思うと鳥肌ものだったが、今となれば。――今になれば、判るような気がするときも、稀に、ある。
 ナミが、自分たちの関係に、コメントらしき事を言ったのは、これだけだ。「だってわかんないんだもの」と眉間に皺を寄せていた。「いいのか、悪いのか、わかんないんだもの」。
 ただ、サンジは本当に気付かなかったのだ。自分たちの距離。間柄。ゾロもきっと判らなかった。お互い、そんな高等な脳みそは持ち合わせていない。
「近すぎる」と言われるほどの、お互いの存在が。
 これだけ、いがみ合っていて、離れることなど、一度も考えたことがなかったと言うこと。

 ある意味。ぴったりと寄り添った、双子のように密着した何かがあるということ。



 足の大きさが違う。太さが違う。匂いが違う。肌が違う。
 ゾロの硬質な髪。目の虹彩。他人なのだ。自分のものではない。違ってあたりまえだ。自分と同じものは何一つない。



 サンジは日に焼けない。体質なのだ。肌が弱い訳ではなく、ただ焼けない。髪は落ち着いた金髪でもこれまた癖がない。ときどき、ゾロがそれを不思議そうに見る。
 何十年と一緒にいて、まるで、初めて出会う人間を見るような顔でサンジを見る。
 そういうゾロは、確かに、サンジも知らない相手のようだと思う。
 そしてゾロが時折、サンジの頬に触れる。
 てのひらも勿論、違う。厚みも指の長さも太さも。ピアニストのよう。と言われる、節だった長い、料理人である自分の指とは違う。タコだらけで、厚い、グローブのような。凶器になる掌だ。
 それはサンジの顔を覆い隠すように大きく、広い。
 自分の頭など、握りつぶせそうな掌だと思う。
 自分より上の視線より、隆起する肩幅より、自分の倍はありそうな首より。
 この瞬間の方がなによりも、ゾロが恐いと思うのは、何故だろうかと思う。そしてゾロのことが判るような気がするのは何故だろうかと思う。
 そして触れてくるその感触になぜか、ゾロの畏れをもが、判るような気がするのも何故だろうかと思う。



 他人だからだ。
 そんな簡単なことに、これまで気付かないふりをしていた。
 他人なのだ。こんなに近くても。近すぎても。
 往生際悪く、足掻いていても。




 そして、いつかきっと、そのてのひらは、サンジを覆い尽くしてしまうのだ。

2010.1.9



お題:「負けるはずがない、勝つはずもない」


この二人は一番初めの17歳の二人とは別の二人ですが、一緒でもいいです。


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yanagisawa