今日は、この、ミラクルブックスストアについてお話ししましょう。 (英語で書け)。 冗談でなく、存在します。この奇跡の本屋は。
実は、直ぐにでも語りたかったのですが、あまりに興奮していて、ちっとも冷静ではなかったので。 しかし、昨日。昨日は具合が悪くて一日寝ていたのですが(女の子の、月一の有耶無耶です。私は割と重いのです)改めて、改めて、その、奇跡の本屋の収穫を眺めながら、つくづくと吠えました。 夢じゃなかった!!!。
連れていって貰ったのは、例のオンリーイベント為、東京入りした前日の土曜。 宿を借りた親友と言いたくないくらい大事な友人が、怪しいぽん引きのごとく、如来さまのような笑顔で、私の腕を引いてくれたのです。(本当に大事なんか・・・)。 「いい本屋があるのよ・・・」 存在しないと思いますが、云っておきましょう。 柳沢をナンパするのに、これだけ有効な言葉はありません。 いい店でもいい車でも(多分)釣られませんが、本屋だけは無条件降伏です。 その本屋のことは、つねづねその友人から聞いていたので、ああ、あそこのことかと、いそいそとついていきました。 そして着いたのは、どこにでもある。流行らない駅の、流行らない、小さな、奥行きも狭い、普通の本屋でした。 みかけは。 ・・・この本屋のすごさは、ちょっと言葉では表せません。 行って、見てくれ、としか云いようがありません。 本当に、「駅前の本屋」なんですよ。大抵の駅にある。朝に、お父さんがスポーツ新聞だとか文芸春秋だとか、子供が200円握りしめてジャンプを買いに来るような。そんな本屋なんですわ。 でもどうしてそんな本屋に、ちくまの夢野久作全集が揃ってんだ、とかね。 ケストナーも、単行本で揃ってて、安吾の研究所が揃ってて、山田風太郎が一段、占拠していて、福武文庫の翻訳本がちらちら混じっていて。 ここで云います。 新刊本屋です。 岩波の初版本の背が焼けていても、新刊本屋です。 そして棚を占拠している一角に、私は眩暈がしましたね。 カレル・チャペックが揃っていました。 チャペックは、翻訳物が苦手な私が、唯一、買いあさっている作家です。 とにかく見つけたら、一期一会だと思って買います。 そういう作家です。 最近、よく見かけるようになりましたが、10年前は、全く見ない、といっていい作家でした。 平凡社なんかで出ている分は、割と最近のもので、在庫も心配ないんですが、折角だからと思って一冊。そして一冊が、私の目を留めました。 『クラカチット』 チャペックの中では聞いたことのないタイトルでした。 しかも単行本、版を見れば92年発行、楡出版。 ああ、こりゃ、絶版になっている可能性が高いな、と思いました。 けれど躊躇したのは、本好きの宿命で、柳沢はちと書痴気味なんですわ。 貧乏性も入っていますが、新刊本で買うなら、きれいな本がいい。 背がもう、完全に焼けていて、埃で汚れていて、これに定価を出すのはちと悔しい。 ぐずぐず悩んでいたら、友人の鶴の一声。 「悩むくらいなら買いなさい。バイ正ちゃん」(北村薫)。 一応、本屋のご主人に、在庫がもう、この一冊であることを確かめて。買いました。 2500円也。
それと。ええもう。これが書きたかった。 この本屋なら、阿川も揃ってるかなと期待を持ちつつ在庫を眺めていたら。 あれですよ。 運命の出会いでした。(真剣)。 今更、断ることではないんですが、柳沢は日本近代文学の人間です。これは好きとか云う以前の問題で、私という、根底のアイディンティティです。一生、勝負を挑んでいくものでありますし、うち負かされていくものでもあります。そしてこういう世界にずっと籍を置いていると、新刊本屋に対するトキメキというのが、年々、薄くなっていきます。 どきどきしながら、新刊を待って、レジに並ぶ、という喜びが、なくなっていくんですね。 故人が相手ですから。 ないはずの本が目の前に現れて、目がちかちかするなんて体験、ですから10年ぶり以上でした。 ですから、新刊本なんです。 古本屋だと、こういう出会いを期待して、前提で本を探すから、見つかった喜びはあるけれど、こんな衝撃は伴いせん。 本当に、我が目を疑いました。 私は、開高健で探している本が、一冊だけあります。 絶筆で、単行本になっていることは知っているけれど、ほぼ、絶版に近い状態になっています。文庫本で探しましたが、開高の中ではそんなに評価が高いものではないらしく、探した範囲では見かけませんでした。簡単な、ポケット全集のような全集だとまず収録されない。全作品収録の全集でないと、もう読めないかも知れません。私は学校の全集で読みました。開高の全集はまだ書店販売対象なので、諦めて全集で買うか、学校でその話だけコピーするか悩んでいた所でした。 なんでそんな話を知っているかというと、同じゼミの子の、卒論対象だったのです。研究結果を聞くためにはその本も読まなければならない。私も読んだ当初はあまり感心しませんでした。 この話の余韻は後から後から来ました。 本のタイトルは『珠玉』。開高の絶筆。死後、文芸春秋で90年、単行本化。 帯、日野啓三。 装丁とコンディションは文句なし。 誰かが私の横から浚うわけでもなし、こんなに焦った一冊は初めてでした(笑)。 とっとと代金を払って、隠してしまいたかった。 これを見たとき、本気で、この本はこの本屋で私を10年間待っていたと思いましたね。 繰り返して云います。 新刊本屋です。
このときの私の興奮は省略しましょう。 (同行していた愛するJIRさまとはこのせいで夕食が駄目になった・・・。ごめんごめんごめん(泣))。 代金を払いながら、ご主人に。 「いい本を買ってくれてありがとう」と云われて、もう、こっちこそいい本を置いて下さってありがとう。とひれ伏したくなりました。10年間。私を待っていた2冊の本を守ってくれてありがとうと(それはちょっと違う)。 余談ですが、その後、ネットでちらっと調べてみたら、チャペックの『クラカチット』は絶版済みであることが判明。拳握って吠えました。あのとき隣で「君を待ってたんだと思うな」と云ってくれた愛するTぽん(伏せ字にする意味はあるのか)あの本は私を待っていました。本当に。 売り上げ伝票を引き抜くご主人の手元を見ながら、思わず「文芸春秋、びっくりするだろうね」と呟きました(笑)。
幻の本屋。
また行きたいかと聞かれればそうでもなくて。あんまり凄い体験をしたから、もういいや。という気になっています。 幻の本屋で、幻の本を二冊手に入れた。そういう本屋でもういいやと。
でも潰れないでね(切実)。 地元のみなさま。 この凄い本屋をどうか支えてやってくれいとこんなところで願ってみたり。 (一番熱い、味噌蔵になった・・・)。
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