ひさっっっしぶりにまったりとした週末です。 こういうときに、本を読まないのはどうよ。 という訳で、簡単なものを探しましたが、つい。こないだコミックショックで買ったはずの山本夏彦の文庫がない(笑)。 本は読むほうですが、杜撰な性格なので、結構あちこちに本が放り出されていて(苦笑)。 せっかく百円で買った本やのになー。 山本夏彦の本が百円で手に入ると異様に嬉しい。 ま、いつか出て来るでしょう。
こんなことを云っていますか、夏彦はかなりファンです。私。 生存しているものかきの中ではベストスリーに入ります。 でも、現実には絶対に会いたくないクソジジイですね(笑)。 ファンですよ。とっても。
新刊が出ることを諦めている人でもあるので、新刊が出ると嬉しい人の一人でもあるんですが、こないだ寄った紀伊国屋で、文語文についての本をだしていたので、ふーん。と思ったり。 日本語についての本もそういやこないだ出していた。
山本夏彦は、自ら「机上のひと」「ダメのひと」を名乗っている、徹底的なジャーナリストです。 ジャーナリズムは「イカサマ」といい「イカサマの才」を謳っているおそらく最後のジャーナリストです。 日本語の退行について、たびたび言及していることは知っていたけれど、とうとう本にまでなったとは。 とうとう、本にするほど、夏彦が語ったとは。 複雑な気がする。
ジャーナリストである自覚が、あれで誰よりも持っている身として、この現実を彼自身がどう思ったろう。 どのような思いで書いたのだろう。 興味はある。 でも読む気にはまだなれない。
誤解されそうな書きかたですが、ジャーナリストに文才は必要ないと私は思っている。そしておそらく夏彦もそう思っている。文才があれば作家になればいい。 ジャーナリストで文才があるのを「機転」と夏彦は言う。「気の利く」書き方と彼はする。けれど必ずしも必要ではない。 夏彦には文才がある。けれど時代と流れと、彼の自覚が、長く彼をジャーナルの中に置いてきた。 彼には皮肉の才がある。それだけで。
やっぱり複雑になってきた。
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