JIGOKUNOMISOGURA

2001年03月04日(日) まったり。

ひさっっっしぶりにまったりとした週末です。
こういうときに、本を読まないのはどうよ。
という訳で、簡単なものを探しましたが、つい。こないだコミックショックで買ったはずの山本夏彦の文庫がない(笑)。
本は読むほうですが、杜撰な性格なので、結構あちこちに本が放り出されていて(苦笑)。
せっかく百円で買った本やのになー。
山本夏彦の本が百円で手に入ると異様に嬉しい。
ま、いつか出て来るでしょう。

こんなことを云っていますか、夏彦はかなりファンです。私。
生存しているものかきの中ではベストスリーに入ります。
でも、現実には絶対に会いたくないクソジジイですね(笑)。
ファンですよ。とっても。

新刊が出ることを諦めている人でもあるので、新刊が出ると嬉しい人の一人でもあるんですが、こないだ寄った紀伊国屋で、文語文についての本をだしていたので、ふーん。と思ったり。
日本語についての本もそういやこないだ出していた。

山本夏彦は、自ら「机上のひと」「ダメのひと」を名乗っている、徹底的なジャーナリストです。
ジャーナリズムは「イカサマ」といい「イカサマの才」を謳っているおそらく最後のジャーナリストです。
日本語の退行について、たびたび言及していることは知っていたけれど、とうとう本にまでなったとは。
とうとう、本にするほど、夏彦が語ったとは。
複雑な気がする。

ジャーナリストである自覚が、あれで誰よりも持っている身として、この現実を彼自身がどう思ったろう。
どのような思いで書いたのだろう。
興味はある。
でも読む気にはまだなれない。

誤解されそうな書きかたですが、ジャーナリストに文才は必要ないと私は思っている。そしておそらく夏彦もそう思っている。文才があれば作家になればいい。
ジャーナリストで文才があるのを「機転」と夏彦は言う。「気の利く」書き方と彼はする。けれど必ずしも必要ではない。
夏彦には文才がある。けれど時代と流れと、彼の自覚が、長く彼をジャーナルの中に置いてきた。
彼には皮肉の才がある。それだけで。

やっぱり複雑になってきた。


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