| 全日空ホテル,『朝まで生テレビ!』 |
洗濯と日記。大掃除と年賀状は新年に持ち越し決定。
23:00に全日空ホテルのバー『ダビンチ』で宮崎学さん、電脳キツネ目組Hさん、 Aさん、Mさんと待ち合わせ。 宮崎さんがパネリストで参加する『朝まで生テレビ!』に私たちも潜入することになった。 スタジオ見学のかばん持ちのつもりが「会場の皆さん」になるらしい。
1/7の勉強会について「しっかりレポートしろよ」と宮崎さんに言われて 「課題図書3冊とも私がやるんですか?」 「当たり前だろう」 「ううう、はい」。 しかしまだ1冊しか読んでなくて、その本は図書館に返してしまった。 「Hさん、1冊分お願いします」と言ったら今度はHさんが 「ううう、はい」。
番組は25:30から。宮崎さんの部屋に移動して待つ間に新年を迎える。 気がついたら既に24:04だった。宮崎さんは喪中なので新年の挨拶は無し。 2002年は「宮崎学追っかけイヤー」だったが、今年も楽しくなりそうだ。
25:00前にテレビ朝日に入る。隙間無く並んだパイプ椅子で6:40まではきつい。 始めの1時間はCMなし。途中で水とチョコレートが配られる。
番組の途中には3分間のニュースが入るのだが、これに田原総一朗が激怒。 アナウンサーがニュースを読んでいる横で 「こんなくだらないニュース止めてくれ!」って、 確かに腑抜けた世界の新年、日本の新年ネタ。
激論のテーマは「戦後民主主義とナショナリズム」だが話のほとんどは 「イラク」と「北朝鮮」問題。 「アメリカについて行くしかない」という西尾幹二は集中攻撃される。 宮崎さんは人の話をさえぎって発言することは無く、田原総一朗に振られてから話す。 隣の席も宮崎哲弥で「宮崎さん」だからややこしい。
後半はCMばっかりになる。眠くて困る。大島渚がいてくれたらなあ。
終了後宮崎さんは帰られる。 私たちは全日空ホテルに戻りコーヒーショップ『カスケード』で朝食バイキング+ワインで乾杯。 雪が降ってくる。元旦の雪ってあまり記憶が無い。ホテルを出る時には止んでいた。
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2002年12月31日(火)
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