| 「北朝鮮報道のあり方」を考える記者会見・討論会,檸檬屋新宿 |
「よんどころない事情」ということで会社を休み、13:00から参議院議員会館で 「北朝鮮政権による拉致犯罪を糾弾し、真相究明を求め、在日 への嫌がらせ・暴力・脅迫行為に抗議する」記者会見。 10分遅刻。ものすごい人で、扉の外に溢れている。無理矢理もぐりこむ。 13:30頃には通行証がなくなるほど。
北朝鮮報道の実態として「平沢勝栄は恐らく意識的に『在日北朝鮮人』などと言うが 在日北朝鮮人なんて一人もいない。」とか 「『朝鮮人学校の生徒へのいじめはあってはならない』と言った後に、 朝鮮人学校の教室の金正日の写真が何度も何度も出てくる。 もう数年前から教室に写真など掲げていないのに。」とか訴えが続々。
歌手の女性が「この沈痛な空気の中歌うのは大変勇気が要りますが」と言って 『京成線』という歌を披露。 関西突破塾では悲惨な話にも涙一つ見せなかった、記者会見の呼びかけ人の辛淑玉さんが 目を真っ赤にして泣いていた。
引き続いての討論会ではジャーナリスト達が登壇。中の一人が 「朝鮮総連を通じて在日へのいじめの取材をしたけど被害者に会えなかった」 と言ったら次々手が挙がり実態を訴え、 「今のマスコミの取材など受けたらその後どんな酷い目に会うかわからないからです!」とか 「マスコミの勉強不足は目に余る!」と声を荒げる人続出。
会場からの発言でわかったこと。 『週刊金曜日』の、曽我ひとみさんの家族のインタヴュー記事が 救う会やマスコミからも批判を受けたが、筑紫哲也は『ニュース23』で自分が『週刊金曜日』の編集委員をやっていることに全く触れなかったらしい。 発言者は、筑紫哲也が他の番組のアナウンサーやキャスターと変わらない、 まるで他人事のようだったと言う。
バンコクで宮崎学さんと「筑紫哲也はなんてコメントするんでしょうね」 「あの記者会見は『嘘を言うな』だな。売れると思ったからやったに決まってるんだから」 「売れますよね。あんなに取り上げられて」 などと話したことを思い出した。
私は「帰国運動」さえ最近まで全く知らなかったので、わからないことがいっぱい。 なぜ、ほとんどの在日朝鮮人は「南」から連れて来られたのに「北」への「帰国」だったのか? なぜ辛淑玉さんは韓国籍取得に7年もかかったのに、 辛さんと同じ年ぐらいの女性は「望んでもいないのに韓国籍にさせられた!」のか? ワイドショウで「北の人たちは逃げ出さないで残って、犠牲になっても国を変えるべきです」 と言うのは「死ね」ってことではないのか?
時間切れで終了後、壇上のジャーナリストの中に、私が昨年通っていた『ノンフィクションライター教室』の講師だった野村進さんがいたのでご挨拶。 野村さんは会場の人に「私たち在日は日本人にとって何ですか?可哀想な人たちですか? 教えて下さい!在日はあなたたちにとって、何ですか?!」と聞かれて困惑していた。 これもわからない。「日本に住む、同じ人間でしょ」ではダメなのか? 彼はなんて言って欲しいのだろう?
電脳キツネ目組10人ぐらいで檸檬屋新宿。宮崎さんがご馳走して下さる。 今日の報告とお話。私の稚拙な質問も丁寧に答えて下さる。
檸檬屋はこのところ悲惨な状況だったらしいが今晩は大賑わい。 住枝さんは元気なかったが、元気な頃の狂乱にともに苦労した元従業員のAちゃんもたまたま来ていて、楽しかった。
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2002年11月22日(金)
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