緑色の手術着を着た人が、俺と母に椅子に座るよう促す。
言われるまま椅子に座った俺ら2人を前に、その人はおもむろに銀色の小切開トレイを差し出す。
そのトレイはガーゼがかけられており、そのかけられてるものが何なのかは容易に想像できた。
医師はかけられているガーゼをそっと取り、こう言った。
『これが切除した胃です。』
母は目を覆い嗚咽した。
そして俺は・・・・・・・・
目の前が真っ暗になった。
6月のある日。
俺は実家に帰っていた。
いつも通りの休日。
晴れ渡る空の下、車を洗っていた。
清々しい気分だった。
だが、その清々しい気分を一転させた母の言葉。
『ゆっき。お父さん入院するから。』
『はあ?どっか悪いの?』
『うん・・・。胃がね。』
『また胃潰瘍か?』
オヤジは昔から胃潰瘍を患っている。
今までは投薬と注射で誤魔化してきたのが、ここにきて悪化したのだろう、と思った。
だが、それを打ち砕く母の次の言葉。
『ガンが見つかったの。』
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ガン?』
『そう、胃ガン。』
事情が飲み込めない。
一昨日も実家に来たけど、両親にそんな素振りは無かった。
・・・・俺に隠してたのか?
いや、そんなはずはない。
隠してる表情じゃなかった。少なくとも一昨日は。
『見つかったのは昨日か?』
『そう。昨日、胃カメラ飲んでね・・・・。それで見つかったの。』
『マジかよ・・・・・・・・・・・・。』
人の話で、親がガンになった、というのはよく聞くし、うちの病棟にもガン患者はいる。
もしもうちの親がガンになったら?というのを想定したのはあるにはあるが、現実味が無かった。
だが、それは確実に現実になっている。
今、まさに俺の身に降りかかっている。
¨親がガンになったら?¨
『親父、本当なのか?』
『ん?ああ、本当だ。』
いつも通り、趣味の花イジリをしながら平然と答える親父。
親父の額には汗が浮かんでいる。
暑いのだろう。気温が25度を越えてる。6月にしては異例の暑さだ。
(生きてる・・・・・。親父は生きてる。・・・・・この元気そうな親父がガンに侵されている・・・・・。)
俺は平然を装いながらも、実は倒れそうだった。
大好きな親父が・・・・俺の最も尊敬する親父がガンに侵されてるなんて。
目の前の現実から逃れたい。
だが、俺の何かがそうはさせてくれない。
¨長男¨という自覚がそうさせているのか。
現実を直視しなければいけないのか。
親父は花イジリの手を止め、俺の方を向いて言った。
『ただな。ガンになりかけなんだ。初期にもなってないらしい。』
『・・・・そうなのか?』
『これは本当だ。近いうち俺は入院する。おいおい、お前は医者に呼び出されるだろう。』
『初期になりかけって事か?』
『そうだ。ただ放っておくわけにはいかないし、やっぱり手術するんだそうだ。』
『・・・・・・・・そうか。』
手術。
親父が手術。
ガン摘出手術。
今は小さくても、確実に大きくなるガン細胞。
初期状態の今のうちに摘出してしまえば転移の可能性は大幅に減少する。
分かっている。
頭では分かっている。
だが、目の前の親父は元気そうだ。
普段と何も変わらない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・この親父にガンがあるなんて。
俺は半信半疑だった。
医者から説明を受けるまで!!
『緊張してきた?』
『なーんも。全然緊張なんてしねーよ。』
『ふっ。』
『昨日の晩な。看護婦に睡眠薬もらったんだ。手術前って大概の人は寝れないらしいんだよ。』
『そりゃそうだろ。不安とかいっぱいあるからな。』
『俺は飲まなくても寝れたぞ。』
『マジかよ。』
『ああ。別に気にしたところでどうにもならないからな。なるようにしかならないだろ?』
『・・・・・・そうだな。』
『大丈夫だよ。俺はまだ死なん。尊の結婚式にも出たいからな。ガッハッハ。』
『ふっ。今死なれたら息子の俺も困るんだよ。』
『ふん、死なねーよ俺は。』
『言ってろ。・・・・・そろそろ時間じゃないか?』
『ん?ああ、そうだな。・・・・・・・・・そろそろだな。』
『これが切除した胃です。』
『はい。』
『この部分が、いわゆるガンです。分かります?こう、イボみたいでしょ?』
『ええ、分かります。』
親父の、ついさっきまでは機能していた胃の一部。
ついさっきまで体内に保管され、動いていた親父の臓器。
その臓器の一部が体外に取り出され、俺と母に曝け出されている。
それはピンク色をしており、細い血管が無数に走っていた。
その内壁の部分に、まるでイボのような突起物。
それがガン。
親父を蝕んでいたガン。
母親は目を覆っていた。
見れるわけがない。伴侶の臓器なんて見れるわけがない。
俺は対照的に直視していた。
ピンク色をしたそれを、直視していた。
見ることで、己を保っているかのようだった。
ギリギリだった。
俺もギリギリだった。
出来ることなら目を背けたい。
だが、背けるわけにはいかない。
長男として、息子として、相坂功の息子として、俺はこの現実から逃れるわけにはいかない。
淡々と説明する医者。
淡々と返事をする息子。
『とりあえず2分の1を摘出しました。リンパ線に転移もしていないようですし、これで大丈夫ですよ。』
『そうですか、ありがとうございます。父を助けて下さって、本当にありがとうございます。』
『もうすぐ麻酔から醒めますよ。醒めたら呼びますので待機しておいて下さい。』
『分かりました。』
『親父。』
『んぁ?』
『・・・・・・・元気か?』
『元気なわけないだろう。腹に穴開けられたんだから。痛くてしょうがないわい。』
『ふっ。そうだな。』
『・・・・・で、どうだった?』
『ん?あ、ああ。成功だったって。』
『そうか。そりゃそうだろ。結構取ったみたいだからな。』
点滴を繋げている親父は弱弱しく笑いながら言った。
『じゃあ俺、そろそろ行くよ。母さんが付き添うみたいだし。』
『ん?そうか。・・・・・・・・おう。』
『明日また来るよ。』
『おう。また来い。』
『うん。じゃあな。おっ父。』
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ありがとうな、ゆっき。』
『え?ふふ。当たり前の事をしてるだけ。・・・俺はあんたの息子だからな(^^)』
親父。
あとは治るだけだ。
皆、あんたの事が大好きだ。
早く・・・・・・・・良くなってくれよ(^^)
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