無責任賛歌
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| 2005年01月09日(日) |
今年も毎月芝居が見たい/舞台『大騒動の小さな家』ほか |
夕べも夜更かししてテレビを見ていたので(高橋源一郎さんと松尾貴史さんの『本屋平積みプロジェクト』は面白かった)、午前6時から午後1時くらいまでは爆睡。しげは珍しくも昼間仕事なので、11時には職場に向かって行ったようである。出掛けに声は掛けられていたようだけれども、寝惚けていたので余り記憶に残ってない。 「ちゃんと起きてきいよ」 「1時過ぎには起きるよ」と会話したような気もするが、ウロオボエ。 しげの職場で待ち合わせというのは珍しいが、今日は夕方から北九州へ芝居を見に行く予定なのである。しげの仕事が終わって、すぐに特急で行かないと開演時間に間に合わない。だったら最初から仕事休みを取っておけばいいようなものだが、シフトの関係でどうしても出勤せざるを得なかったらしい。 寒風吹き荒ぶ中、しげの店の前でしげの着替えを待つ。お出かけだと言うので、しげはかなリ「気合い」の入った服(例の「チャイハネ」で買ったヒンディーな服である)を準備していて、やたら時間がかかる。 結局、20分ほど待たされたが、風邪を引かなくてホントによかった(←イヤミ)。でも「随分待った?」と聞かれると、その場では「10分くらいだよ」とつい少なめに言ってしまうのであった。ここでバラしてしまっているから意味ないが。 出てきたしげに「忘れ物してないか?」と聞いたら「うん!」と即答する。でも実は腕輪とか指輪とか、アクセサリーを付けるのを全部忘れていたのであった。条件反射でしか返事してないことが明白である。
博多駅からソニックつばめに乗って、小倉まで。 駅の構内から街中まで、新成人の和服着たねーちゃんたちがやたら闊歩しているが、みんなとてもハタチには見えないくらい化粧がケバイ。特にマツゲが濃くって、すれ違いざまに瞬きされると、突風が起きるほどである(ウソ)。ハタチしかいないはずなのに、どう見ても「お前30だろう」ってのがゴロゴロいたので、「なんでみんな化粧が濃いんだ」と呟いたら、しげが「自分じゃやってないでしょ、着付けのときにして貰ってるんだよ」と言う。するってえと、これが今の流行ってわけなのかねえ。なんか『薔薇の葬列』のピーターみたいで、70年代に逆行した感じだったのだが。それともこれが小倉の風土なのか。
会場の「リバーウォーク北九州芸術劇場」までは15分ほど歩き。しげはブーツまでハイヒールで決めているので、早歩きができない。うまく特急に乗れて時間に余裕があったので問題はなかったが、もしも一本遅れていれば、走れないしげを抱えて、私か走っていかなきゃならないところであった(できねえって)。 開場まで30分ほど間があったので、福家書店で時間つぶし。ちょうど映画パンフレットのコーナーが特設されていたので、ふと覗いてみると、『モンティ・パイソン・アンド・ナウ』『モンティ・パイソン・ホーリー・グレイル』のパンフレットが! 迷わず購入したが、いくらしたかはちょっとここには書きたくないのである(^_^;)。でも、偶然の配剤にはひたすら感謝。
中ホールにて、舞台『大騒動の小さな家』。 橋本二十四脚本、山田和也演出のオリジナルシチュエーションコメディで、出演は西村雅彦、安達祐実、高橋ひとみ、雛形あきこ、袴田吉彦、TAKE2(Wキャストで今日は東貴博)、モロ諸岡。 前に来たときも思ったが、ここの劇場は実にいい。壁の作りがいいんだろうが、反響が少なく音の通りがよくてセリフも聞き易いし、音楽もうるさくない。客席のカーブも適度で、最後部席でも舞台が間近に見える。カーテンコールでモロ諸岡さんがやっぱり「すばらしい」と誉めてたが、これは外交辞令じゃないだろう。福岡でもこのくらいの劇場がありゃいいんだがなあ。市民会館もメルパルクホールもイマイチなんだよなあ。 会場は女性客多し。芝居好きの定連さんよりは、好きな役者さんが出てるから来てみた、という感じの人々が多いような印象。上演中もみんなよく笑ってたし。 ……というのも、私たち夫婦はかなり退屈してしまったからである。未来から母親に会いに娘がタイムトラベルしてやってくるという設定、もういい加減手垢が付きすぎているが、これはこれでアレンジのしようでどうにでも面白くすることはできる。ところが、ここで事件らしい事件が全く起こらないのだ。タイトルの「大騒動」なんてカケラもない、普通の日常がダラダラと過ぎていって、やがて娘は未来に帰る。いくつか小さなトラブルはあるが、芝居が盛りあがるほどではない。ただそれだけの何の葛藤もないドラマをどう面白がれというのか。 別に私たち夫婦が芝居見巧者だとは思わないが、余りにも古色蒼然とした設定、ドラマツルギーの基本も分かってない展開、ぬるい演出が連続すれば、苦痛ですらある。役者さんはそれなりに頑張ってるんだけれども、そもそも脚本がどうしょうもないので、ノリようがない。……はずなのに、やたらゲラゲラ笑ってる人もいるんだよなあ。よく言われてることなんだけれど、今の観客、ホントに笑いすぎなのだ。どう見てもつまんない芝居になぜ笑うのか、「カネ払ってんだから笑わなきゃ損」とでも思ってるんだろうか。
私もしげも、無口で劇場を後にする。 いい芝居を見ると二人ともやたら饒舌になるのだが、つまんないとお互いの顔色を伺って、「どちらが先に口火を切るか」と慎重になるのである。まかり間違って、「面白い」なんて言われたらどうしよう、と不安になるのだ(^_^;)。 誘惑に負けたのは今日はしげの方で、「面白かった?」と聞かれたので、「今イチ……、今二……今三くらいかなあ」と答えた。 「役者がもっとよければねえ」と溜め息をつくしげ。 「役者の問題よりそもそも脚本が悪いよ。キャラクター同士に何の葛藤もないんだもん。娘がタイムトラベルしてやって来るんだったら、普通、それを引きとめるタイムパトロールとか出てくるもんだろう。受け入れるほうだって何であんなに簡単に未来人だってことを信じて受け入れるんだよ」 「西村雅彦や安達祐実にそんな演技はムリだよ」 「演技の幅が狭いのは分かるから、役に合わせて脚本書き換えればいいんだよ。西村さんなんて、いてもいなくてもいいキャラになってたじゃないか」 「……オレ、高橋ひとみさんは好きなんだけどねえ」 「オレも、モロ師岡さんは好きなんだけどねえ」 これが今年初の芝居観劇だと思うと……二人でタメイキ(+_+)。
ハイヒールブーツのせいで、しげの足がかなりヤバくなっていた。小倉駅からリバーウォークまでの15分の距離がやはり響いたのだろう。福岡のキャナルシティよりも面積としては広そうでおシャレな店も多く、劇場も映画館もあるので、いい環境なのだけれども、駅から遠いのがちょっとネックである。 靴屋に寄って新しいブーツを買って履き換えさせると、しげ、「足がこんなに軽くなった!」と言って喜ぶ。財布も軽くなったので、私はちょっと悲しかったが(+_;)。
帰宅して、テレビでNHK大河ドラマ『義経』の第一回。 デキゴトの結構はもう決まっているのだから、後はドラマとしてどう膨らませるのか、歴史の隙間にいかに作者の想像を加えていくか、そこが大河ドラマの面白さなのだが(だから前回の『新選組!』は「史実を歪め過ぎ」と批判はあったけれども、面白い部類だったとは思う)、一回目を見た限りでは、どうもノリがよくない。 平治の乱のラストから始めて、義朝の遺児たちの行き先が決まるまでで1話使うというのは余りにのんびりしているけれども、にもかかわらずドラマが「濃く」なっている印象が少ない。義朝の死などダイジェスト的にしか描かれないし、ナレーションは説明的でうるさいばかり。何より、清盛に渡哲也を配し、いったん重厚に「頼朝は死罪」と言わせておきながら、それを翻意させたのが白石加世子のお徳婆さんによる「親子の情愛」についての説得だった、というのは、いささか「甘過ぎ」なのではないか。そうでなければ現代人の共感を得ないとの脚本家の判断なのだろうけれども。「甘い」というより「ぬるい」時代劇が多い中(それは映画でも同じで、『たそがれ清兵衛』も『隠し剣鬼の爪』も、悪い出来ではないのだけれど、時代劇として見るとやはりぬるいのである)、大河ドラマくらいはもう少し硬派に作って欲しいと思うのだが。
マンガ、和田慎二『スケバン刑事』(完全版)5巻。『炎の記憶』『紅椿奪回』の二編を完全収録。 第2部開始で、サキは実は生きてました、という展開。昔読んだときも「無理あるよなあ」と思ったけれど、読み返してもやっぱリ印象は変わらないな。つまんないのになんでこう何度も読み返しちゃうんだろう、と自分でも疑問に思ってたんだけど、一応これも「ミステリマンガ」だったからなんだなあ、と今になって気が付いた。いや、昔はホントにミステリマンガって少なかったんで、「ナツキは本当にサキなのか?」とか、「紅椿はいったい誰に誘拐されているのか?」とか、ミエミエの「謎」でも惹かれてたんだよねえ。……いや、本気でミステリマンガを期待する人には勧めませんとも。一応“トリックには触れないけれども”、紅椿が実は……ってんなら、「だったら最初から………かい!」とごく当然な疑問が浮かんじゃうのよ。 2代目スケバン刑事の吉村美鈴も今巻から登場だけれども、これが後のテレビシリーズの『スケバン刑事�供戞忰掘戮鮑遒詆�線になっていたのであった。ってホントかい(^_^;)。 あと、若い人への蛇足な解説、「メイキング」にある第2部の前の「コケた連載」というのは、『ピグマリオ』第1部のことね。あれも結局は隠れファンがいて熱烈なプッシュがあり(80年代の一時期、某マンガ専門誌には「『ピグマリオ』再開祈願」のファンレターがやたら載っていた)連載再開、結局は完結させたんだから、和田さん、今頃愚痴言わなくてもいいと思うなあ。
映画評論家の小森和子さんが、昨8日、呼吸不全のため死去。享年95。 この十年ほどはパーキンソン氏病を患って殆ど寝たきりの状態で、殆ど公の場には出てこなかったので、若い人には馴染みが薄いとは思うが、戦後の映画“解説”者として代表者を挙げるなら、淀川長治さん、水野晴郎さん、そして小森さんということになる。このお三方に共通している点は、テレビに出た時には決して「評論」を行わなかった、ということだろう。そして、それぞれに「決め台詞」を持っていた。その点、解説者として出演しても言っちゃ悪いが基本的に「地味」で、時にはカラクチの評論までしていた荻昌弘さんとは全くスタンスが違っていた(でも私は荻さんが一番好きだった)。 「批判される=つまらない=映画を見に行かない」「誉められる=面白い=映画を見に行く」と短絡的な思考でしか映画を見ない人が圧倒的に多い日本では、まずは自分のキャラクターを作って「売る」、そしてともかくその映画のいいところを探して誉める、という方法を取らざるを得なかったことは理解できなくはない(まあ、私も映画の感想を書いてるときにはそうしている面はある)。宣伝係である以上、提灯持ちを務めなければならない事情があっただけではないのだろうと思いはする。しかしそれにしても「恋愛」にだけスポットを当てたような小森さんの解説の仕方は、テレビを見ていて余り好ましくは感じられなかった。映画の見方が余りにも狭いのである。特に晩年、ハリウッドスターの誰々と寝た云々をやたら口にするようになってからは、その老残を晒した不気味なキャラクターの印象の方が先行するようになってしまった。 映画解説者は、文芸評論家に比べるとなぜか異端な人々が輩出する傾向がある。フリークスが受容されやすいのが映画界だマスコミなのだ、と言われるとそうなのかもしれないが、それにしてもおすぎが映画評論家の代表のように思われている現在をも視野に入れると、そういう「流れ」ができていることが逆に映画の魅力を伝える方向をかえって歪めてしまった面もあるのではないか、と疑義を提したくはなる。彼らの存在はキャッチーではあったが、語られた言葉が信頼に足るものではないことも多く(感想文の域を出ない)、「この人たちに誉められても、面白そうに思えないなあ」と感じることも多かったからだ。「決まり文句」も逆効果で、淀川さんの「サイナラ、サイナラ、サイナラ」はともかく、水野さんの「いやあ、映画ってホントにすばらしいですね」と小森さんの「来週も、モアベターよ」は、つまらない解説を聞かされた後では特に「どこがすばらしゅうて何がベターなんや」と突っ込みたくなった。同様の思いをしていた人も多かったのではないか。 「試写室で寝てばかりいる」と批判されていたこともある(江口寿史が『なんとかなるでショ!』の中でからかっていた)。「日本の映画評論をオカマと婆さんがダメにした」と堂々と書かれたこともあった。ワルクチを言われても、その活動に何か実があったならそれを撥ね返すこともできたと思うのだが、いかんせん、それらの批判はたいてい当たっていた。小森さんが表舞台から去って行ったのは病気のためだけではなかったと思う。 新聞記事には「おばちゃまの死で映画界は大きな財産を失った」と書いているものもある。それは確かにそうだとは思う。ある意味、小森さんの存在は映画というもののデタラメさ、胡散臭さ、どこかヘンでキッチュな、抜群に楽しくてそれでいて悲しい、ありとあらゆるものがごちゃまぜになった闇鍋のような面白さを体現していた。映画は基本的に「異形」なのである。しかし、小森さんの活動はその「異形」を自らのものとして観客が受容し、どんなヘンなものでも愛せるようになるところまでには至らなかったのではなかろうか。結局、小森さんは一般の映画ファンにとっては遠い存在でしかなく、ただの「見世物」でしかなかったのである。 空疎な言葉はもう要らないと思う。見せかけだけで人を引く「解説」は無益だと思う。これから映画を「解説」していく人は、たとえ身に異端のマントを纏っていても、その語る言葉には映画の光と影を切り開く鋭利なナイフを感じさせてほしいと思う。それが本当の意味で小森さんの衣鉢を継ぐことにならないだろうか。
2003年01月09日(木) 革命児の帰還/『ヒカルの碁』20巻(ほったゆみ・小畑健)/『ななか6/17』9巻(八神健)/『パタリロ西遊記』5巻(魔夜峰央) 2002年01月09日(水) 多分初雪/映画『大菩薩峠』(岡本喜八監督版)ほか 2001年01月09日(火) 仕事初め
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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