無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2003年09月04日(木) また誤読する人はいるかもしれないが/『福岡口福案内 地元の美食家が自腹で調査』(口福倶楽部代表ヤマトモ)

 個人批判だと勘違いされても困るので、「某ホームページの某掲示板」と書いておくが、そこを覗いてみたら、なんかちょっと首を傾げたくなるような書きこみを見つけた。
 曰く、「博多の人間は福岡の人間をコバカにしている」。
 他地方の人にはそもそも関心外というか、何のことやら見当もつかないだろうが、福岡市は那珂川を境にして、東を博多、西を福岡と昔から分けて呼んでいる。もともと黒田氏が福岡に城を構えた際に、自国の「福岡」の地名を移殖したのが始まりである。それ以来、博多は商人、職人たちの町人の街となり、福岡は城下町、武士の街となった。廃藩置県後もその気風は受け継がれ、「博多っ子」とか「博多んもん」と矜持を持って言った場合には、福岡の人間は指さないのが普通である。
 あまりくだくだしい説明は避けるが、長い歴史の中で身分によって差別されてきたのは、博多の方なのである。市名を福岡市にするか博多市にするかで投票が行われ、一票差で福岡市と決定し、博多人が涙したことは地元では有名な話である。その代わり、国鉄が開通したときには駅名は博多駅とすることが定められた。区画整理で「博多区」が誕生したときには昔ながらの博多っ子の喜びはいかばかりであったか。これは単に地域の対立という謂いではなく、「差別撤廃」の凱歌であったのである。
 そういう歴史的知識があるなら、博多人が福岡人をコバカにすることなど有り得ないことは容易に想像がつこう。博多人には商人としての、職人としての誇りがあり、それが権力に対する「反骨」という気風をも生んでいるのだが、恐らく書きこみをした人は他地方の人で、博多人の矜持を尊大と勘違いしたものではなかろうか。
 まあ私もそうだが、博多の人間はお偉いさんに媚びる人間は大嫌いである。社会的なオトナの事情で、上の者の命令に従わねばならないこともありはするだろうが、心まで売り渡しているわけではないのだ。以上、「なんで博多の人はあんなに自分の土地に拘りを持ってるのかなあ」という疑問のある方のために説明しました。こういうのいちいち解説するのも博多人にとってはホントのとこ、恥ずかしいんだけどね。


 CSアニマックスで9月1日から『ハイスクール!奇面組』が再放送されてるんだけど、コッソリ録画しているのをしげに見つかってしまった。
 「なんでそんなん録るん!?」と怒ってたけど、しげ、このマンガは好きだったはずなんだがなあ。
 いや、このマンガが原作もアニメも、そんなに面白いものではないということも承知してはいるのである。初期のものは特に、「個性を大事にしよう」とか日教組的スローガンを前面に押し出した長ゼリフがやたら多くて、ギャグマンガじゃないんかいこれは、と、いささか閉口しながら見ていたところがある。
 原作者の新沢基栄さんのそういったリクツっぽさは、ともすれば描かれるギャグそのものを無効化してしまう危うさをも内包していたのだが、にもかかわらず『奇面組』シリーズが今なお命脈を保っていられるのは、やはりあの「名前のダジャレ」に負うところが大きいと思う。上手いものもありはするが、たいていはムリヤリ作ったヒドイ出来のものばかりだ。けれどそこまでのものになると、その酷さにかえって笑ってしまうのである。
 主役の「一堂零」などはシャレとしては珠玉の出来であろう(もっとも、今はなき劇団「青い鳥」の共同ペンネーム「一堂令」のほうが先ではあるが)。でもインパクトの強さでいけば、「冷越豪」のほうが圧倒的にもの凄い。「レッツゴー」のシャレなら、普通は「烈津豪」とかしそうなものだろう、どうせそんな名字あってたまるかと突っ込まれる点では同じなんだから。でも、一瞬何のシャレだかわかんないこのデタラメさ。「これ何のシャレ?」というのが当時はよく話題になっていたものだ。
 それと私は、『奇面組』のアニメを全話見ているわけではないので、原作には登場するけれども、アニメではカットされたキャラがどれくらいいるものか、確認してみたいのである。もちろんその逆に、アニメオリジナルのキャラがいるものかどうかも気になっていた。今パッと思い出せるものはと言えば、五重塔対決のエピソード(映画にもなった)が、30分枠に合わせて三重塔に階数が減らされたために、怒裸権榎道と爺面七重吾がカットされていたのとか。まあ若木市猿をリーダーにしたのは正解だったとは思うが、やはり奇面組との五対五のキャラ対決を見たかったとも思うのである。
 「婦組」はアニメに登場したのかなあ。総勢10人で、当時のアイドルの名前をモジッていたのだけれど、これは映像にはできなかったかもしれない。懐かしがりやの人のために、10人の名前を列記しとこう。「子役締ひろ」「斎藤つか」「吉和原かしえ」「小河合なお」「松茂問代」「小今日泉子」「菜中森明」「堀地えみ」「知田原代」「雪中路まみ」。記憶だけで書いてるんで字は間違ってるかもしれない(^o^)。松田聖子を入れずに中島みゆきを持ってくる当たりが新沢さんの「拘り」だったのかも。


 口福倶楽部代表ヤマトモ『福岡口福案内 地元の美食家が自腹で調査』(南々社・1260円)。
 博多駅の紀伊國屋書店にやたら平積みしてあるんだ、この本。
 オビに「福岡初の個人による飲食点評価ガイド」とある通り、作者のヤマトモさん(お医者さんらしい)が自分の足で食べ歩いた店の味を五つ星で評価したもの。
 日本料理、フランス料理、イタリア料理、中国料理、餃子、各国料理、カレー、寿司、ふぐ料理、天ぷら、うなぎ、鍋料理、居酒屋、定食、家庭料理、焼肉料理、洋食、とんかつ、ステーキ、もつ鍋、ホルモン料理、お好み焼き、そば、うどん、ラーメン、中華そば、ちゃんぽん、ワインバー、バー、喫茶、ケーキ、甘味、屋台と、福岡の名店2500軒を回って、267軒を厳選(九州各県26軒と全国71軒の名店も掲載とあるけど出張のときに食べたのかな)している。
 とは言っても、これを全てヤマトモさんが調査したのではなく、ミニコミ誌の会員やWebの仲間の協力をも仰いだもののようである。それにしても滅法界な努力をされたものだ。
 「伝統の味」というものを否定はしないが、味覚は結局個人の感性であるから、作者たちの評価を絶対的に正しいものとは思わない。けれど、この本の方針は、<自腹・覆面・本音で採点>ということである。グルメ本の提灯記事なんぞに比べれば、ずっと参考になる。
 知っている店もいくつか散見するのだが、なにしろウチの妻は「ファミレスとファーストフード」でしかモノを食おうとしないやつなので(高級料理店はカネがもったいないと行きたがらないし、居酒屋や定食屋の類は大嫌いである)、なかなか行く機会がない。
 ラーメン屋は何とか知った店が載っていて、川端の「どさんこ」が四つ星だったのはうれしかった。福岡にも昔は札幌ラーメンの店がたくさんあったのだが、ブームが去ると同時にめっきり少なくなってしまった。ここはその数少ない名残の店なのだが、味噌に地元のものを二種合わせて使い、九州人好みの味(甘口)にしてある。もっとも、しげをここに連れて来ても、絶対に味噌ラーメンを注文しないのだけれど。
 ラーメン屋では「一風堂」も四つ星だったけれど、それほどかなあ、と思ってよく見たら、これは大名本店のみの評価(支店は星2.5)。ここでしか食べられない「かさね味」というのが美味いらしい。「スープは中庸で脂も浮いていて、臭くはないが好みは分かれるところだろう。自家製麺は少し縮れ気味の中麺で。博多ラーメンにしてはやや太めだが、シコシコのコシと小麦の素材感がすばらしい」とある。ここまで書かれると食べに行きたくなりますね。
 この本、福岡以外では売ってるのかなあ。売ってたとしてもそんなに部数は出てないようにも思うけど。興味のある方は、下記のサイトをご参照のこと。

 http://hw001.gate01.com/yamatomo/

 ついでに岩中祥史『博多学』も新潮文庫になりましたので、合わせてどうぞ(^o^)。

2001年09月04日(火) 虚構としての自分/『マンガと著作権 〜パロディと引用と同人誌と〜』(米沢嘉博監修)
2000年09月04日(月) また一つ悪いウワサが……?/『マンガ夜話vol.9 陰陽師・ガラスの仮面』



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