無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2001年12月02日(日) ナンビョーY子さんのHP/『新世紀エヴァンゲリオン』7巻(貞本義行)ほか

 ナンビョーY子のリカバリ室
 http://homepage2.nifty.com/nambyo-yko/

 なんだかいきなりのURLで驚かれたでしょうが、これは本日付けでめでたく開設いたしました、ナンビョーY子さんのHPであります。

 え? ナンビョーさんを知らない? 嗚呼。それは大変残念。
 では、ソルボンヌK子さんの『男前。』はご存知でしょう。
 なに? それも知らない? 嗟乎。それは大変無念。
 ならば、唐沢俊一氏の一行知識ホームページもご存知ないか。
 ご存知ない。噫呼。それはもう、なんというかとてつもなく怒り心頭というか怒髪天を突くというか、おいコラその素っ首前に出しやがれこのダンビラでぶった切って犬の首とすげ替えてやらあと言うか。

 まあなんだか坂口安吾と筒井康隆を混ぜたような下手な趣向でご挨拶いたしましたが、掲示板でも紹介ずみですが、先日から私が懇意にさせていただいているナンビョーY子さんのHPが立ち上がりました。

 ナンビョーY子さんは、「悪性褐色細胞腫」という悪性疾患と闘病中です。全国でも数例しかないという珍しい病気ですが、5年以内の生存率が0%といわれるほどの難病なのですが、持ち前の元気で、発症してからも5年以上、頑張っていらっしゃいます。
 ふとしたことがきっかけで、Y子さんからメールを頂き、お話をうかがう機会に巡りあいました。唐沢俊一さんの一行知識ホームページ内にある、ソルボンヌK子さんの日記、『男前。』で楽しいメールのやりとりをされていたのがY子さんです。
 私はシメっぽい話が好きではありません。
 病気やケガを自慢すると、「不謹慎だ」とか、「同情を買おうと思ってるんじゃ内か」とか言われることもありますが、そうではありません。
 「病気」はその人のアイデンティティなのです。
 なにをムチャ言いよるんや、とお怒りの方もいらっしゃるかもしれませんが、例えばこう考えてみてください。
 先天的にある種の病気を抱えて生まれて来た人がいたとします。ならばその人は、そういうカラダに生んだ両親を恨みながら育つものでしょうか。必ずしもそんな人ばかりではないと思います。他人を「健常者」と呼び、自らを「障害者」と認識する。予めオノレとタニンとを差別化してみるから、ウラミや憎しみ、嫉妬の心が起きる。
 そんなふうに考えなくても、人は自らの病気を友としてつきあっていくことが出来ます。横溝正史などは、70を過ぎて持病の結核が治ってしまった時、親友と別れるほどの寂しさを味わったと言います。
 私たち病人がなにかをしようとして突然襲ってくる発作、怪我や病気の苦しみ、痛み、それはまるで病気を見捨てて行こうとするのを引きとめるビョーキちゃんのジェラシーのようです。
 だから私たちは病気自慢をするのです。

 私の妻のしげは、私が抱えている病気や、過去にあったケガの話をすると、「いいなあ」と言います。「カッコイイ」とも言います。「そんな経験、したことないもの」と。
 実際、その病気と戦ってきた、乗り越えようとしてきた、それが私たちの心を形成し、成長させていったことは間違いないことなのです。病気なくして今の自分はありえない。そう認識した時、果たして人は「病気自慢」しないでいられるものでしょうか。

 Y子さんのからだは、手術5回を経てもなお、肺に4個の腫瘍がのこっています。けれど、Y子さんはHPを立ち上げたのです。
 「インターネットを通して、難病と闘っておられる方と共に 励ましあったり、あるいはバリバリの健康体の方達の元気を たくさんいただけたらという想いを込めて立ち上げたHPです」
 Y子さんの巻頭言です。
 Y子さんのエッセイや、ソルボンヌK子さんとのやり取りの記録、Y子さん以外にもここに集まった人たちの楽しい「闘病記」、コンテンツは盛り沢山です。ぜひともみなさん、お立ちより下さい。

 ホントは相互リンクしていただける手筈になってたんですが、リンクの張り方が分らない……(^_^;)。
 パソコン操作は全てしげの指示を仰いでいる(っつーか、私はマジでデクノボー)ので、しげと一緒にいるまとまった時間がないと、どうにもなんないの。……ううう(T∇T) 。


 夕べアソビ過ぎたのだろう、今朝も寝過ごして、『パワーパフガールズ』には間にあわず。来週こそは7時から『パワパフ』見るぞ。
 芝居の練習に出かけようとするしげに、「帰りはいつになる?」と聞いたら、公演が近づいてきているので、今日から練習は6時半までになるとか。
 それじゃ、日曜に映画に行くのはほぼ不可能じゃないの。ホントになかなか一緒になれないなあ。行き帰りの送り迎えがなかったら、一日に会う時間がマジでなくなっちゃうよなあ。
 いや、別にいつもいつも一緒にいたいわけじゃないんだが、一緒にいないとしげの機嫌がどんどん悪くなるのだ。ストレスを自分でうまく発散できるやつならいいんだけどねえ。セルフコントロールのできないやつだから、結局、私がお守りせねばならない。
 ……こんなこと書くと決まって、しげは「一緒にいるのイヤなんだ」と拗ねるんだよな。ちゃんと「いつもいつも」って注つけてるのに。どうもこういう無意味なジェラシーごっこをして楽しむ悪いクセがしげにはあるのである。……それって、人前でイチャツクのと同じくらい恥ずかしいことなんだって自覚を持てよ、頼むからさあ(ーー;)。
 

 『ガオレンジャー』はなんかクリスマスネタ。ちょっと気が早いな。雰囲気がアダルトになったとか聞いてたんで久しぶりに見てみたけど、別にいつもの戦隊もの。私が見る回ばかりハズレにあたってるのか?

 『仮面ライダーアギト』第43話。
 津上翔一の本名は沢木哲也だった、……と分ったものの、美杉家では相変わらず「翔一」扱いされるムリヤリギャグ。何度も書いてるが、コメディリリーフとしてはこの美杉家の人々と翔一のやりとりなんかも、氷川と翔一のかけあい漫才同様、ストーリーの邪魔にしかなってないんだよなあ。
 そろそろ真魚をちゃんとヒロインとして立たせて、どうやら秘密の一端を握ってるらしい美杉教授を悪役に仕立ててほしいんだけどなあ。もう後10話ないぞ。
 既に次の『ライダー』の情報もいろいろ飛びかってるし、ファンの気持ちは次作に移りかけてるのだ。ここでキチンと盛り上げないと、せっかく新世紀を迎えて石森ブームがおきかけてる(と私は勝手に思ってるが)流れが途絶えちゃわないか。

 『コメットさん☆』第36回「みんなの王子さま」。
 ああ、切ない顔のメテオさんがいっぱいだあ。
 今回は世界で活躍中の有名デザイナー、アイコ・キミハラはイマシュンこと今川瞬の母親だった! というスキャンダルネタ。
 イマシュンこそがタンバリン星国の王子様か? と思っていたメテオさんの落ちこみぶりが激しく、あえてコメットさんとイマシュンをくっつけちゃおうというヤケな行動まで取らせてしまう。
 こういう魔法ものの常として、ライバル魔女は絶対に幸せにならないから(^_^;)、メテオさんのヤケっぷりも分らなくはないんだが、「スピカおばさまが地球人と結婚した」という設定が、案外「メテオさんとイマシュンがいずれくっつく」という結末の伏線になってると思う。もしそうなら、このアニメ、ライバル魔女が幸せになる初のアニメになるかも。
 ……はい、相変わらずメテオさんに入れこんでおります(^^*)。


 『サンデープロジェクト』で、田原総一朗が新宮様の後継問題について熱弁を振るっている。
 「皇統が直系の男子のみっていうのは軍国主義の名残でしょ?」
 こういうことをハッキリ言えるのは、なんだかんだ言ったって実際に田原さんくらいのもんなんだからね。
 菅直人、田原さんに詰め寄られても「私は女性天皇でいいんですがこれは慎重に決めないと」なんてノラリクラリ。だからだれも女性天皇に反対してるやつがいないのに、どうして「慎重に」なんて言うのだ。結局この日本の中心を担ってるのが右翼だってことを証明してんじゃないか。
 気分が落ち込んできたので夕方まで寝る。
 ああ、日記の更新が進まねえ。


 で、起きたらもう6時過ぎ。
 ああ、なんとか『009』録画出来た。
 アニメ、『サイボーグ009』第8話『トモダチ』。
 うわあ、なまじ完成度がムチャクチャ高いだけに、先週も感じた不満がフツフツと湧き上がってくるぞ。
 今回、ドラマの合間に挿入されるギャグもなかなかいい。
 実は私は、ギャグ担当になっている006や007はちょっとワザトラしすぎていまいち好きではなく、かえって日頃ギャグをやらない002とか008が崩れたりするのが楽しかったりするのである。
 いや、「ドルフィン号」の名付け親が003というのは至極納得。さすがセンスがおばあちゃん(←誉めてんだよ)。
 それを聞いた002が「ドルフィンごう〜!?」と驚愕するシーンがもう大笑い。そりゃ、ウェストサイドのヤンキーが納得するネーミングじゃないよなあ。「だからドルフィン号はヤメロ!」と名前が連呼されるたびに悲鳴を上げるのがいかにも002らしくっていい。キャラクターが生きてるよなあ。
 そしてブラックゴーストの幹部たちも今回一斉の登場。原作のプロローグで登場した死の商人たち、アニメでは009誕生のエピソードを先に持ってきてたので今までカットされてたんだけど、この0013のエピソードに挿入するというのは実にうまい演出だ。
 スカールがマンガチックなのはやっぱりちょっとどうかなとは思うけれど。ドクロのマスクもアレだけどさ、マントは翻すし、透明ロボットが姿が見えちゃった時の「なにぃぃぃぃぃ!」って絶叫はなんなんだよ。だから若本さん、濃すぎなんだってば(^_^;)。だいたい、あんな胡散クサイやつ信用していいのか、一応ウラの世界でのトップなんだろう、死の商人さんたちよう。
 しかしやはり不満は随所にある。
 作画が間に合わなかったらしくて、アテレコがズレてるところが目立つのもそうだけれど、0013との対決、前の0010との対決と比べると、加速装置のシーンのエフェクトのかけ方が甘くなっている。多分、残像一つ一つに「ブレ」をかける時間的余裕がなかったのだ。
 そして何より、やっぱり0013は唖のままにしとかなきゃ。口が利けないからこそ、必死で地面に指で「トモダチ」となぞる。これが泣けるんだからさあ。断言してもいいが、0013を唖にしたからって、どこぞの団体から苦情が来たりはしないよ。もしあったとしたら、そっちのほうがよっぽど差別者だ。
 ムリかもしれないけど、DVDが発売される時には、作画のリテイクだけじゃなくて、設定も原作通りに戻してほしいよなあ。
 さあて、いよいよ来週からは原作の「放浪編」に入るみたいだけれど、単発エピソードで綴るのか、それとも一気にベトナム編に行くのか、それともそれすら飛ばしてミュートス・サイボーグ編に行くのか。1クールだとそこまでが限界なんだよなあ。となると「地下帝国ヨミ編」まで行くためにはどうしたって2クールはいるぞ。
 みんな、海産物一家物語なんか見てないで、どんなに作画がヘタレても、ちゃんと009を見よう!


 『ワンピース』の感想は字数がオーバーするので簡単に。
 チョッパーの旅立ちだけで今週と来週の2週に分けるのはちょっと引き伸ばしすぎじゃないかなあ。
 ヒルルク名言集も三週続けてとなるとちょっとくど過ぎ。感動は押しつけ過ぎると覚めるよ。


 マンガ、立花晶『デジタルまんが生活』(白泉社・890円)。
 並み居る周囲のマック者の勧誘と脅迫に負けず、ウィンドウズマシンを駆ってデジタルコミックとホームページの作成にいそしむ過程を面白おかしく綴るコミックエッセイ。
 『サディスティック19』の作者らしく、ふつーの実録マンガのようでいながら血を吐くわゴルゴるわ、いや〜楽しい楽しい♪
 未だにホームページを立ち上げられない私にとって福音の書となるかと丹念に読みこむ。……結論。ホームページはムチカシイ……(+。+)。

 ホームページの参考書にも使えるやつと使えないやつとがあるんだね。しかしホントに「カウンターを付けるのは人気や技術を人に知らしめたいため」なんて批判的に書いてる本があるのか? 感謝の気持ちってのだってあるだろうになあ。
 オタクアミーゴスのお三方でも、カウンターの付け方が三者三様なのが面白いのだ。唐沢さんがカウンターを付けてないのは恐らくムチャクチャアクセスが多いだろうから数なんて問題にしてないからだろうし、岡田さんの「メール数でのカウント」ってのも「通りすがりの人でなく真摯なファンの人の数を」って気持ちからだろう。眠田さんは普通のカウンターだけれど、「来てくださった方はみんな歓迎」ってのがホームページの管理者としては当たり前の感覚だろう。

 タイピングソフト体験レポートの回、私は特にタッチタイピングに魅力は感じてないんだが、どうして『ゴルゴ13』に「手乗りキリン」とか「海水ブラジャー」とか意味不明な文章が出てくるのか、わけがわからんところが面白くて、つい買いたいなあなんて気分になってしまった(^o^)。
 ターゲットを狙ってる最中に「キッコウしばりのエキスパートの試験てあるのかな」なんて考えてんじゃねーよ、デューク東郷。

 巻末の野間美由紀、山田南平、水樹和佳子、杉崎ゆきる、早坂静、田村由美のパソコンライフを見るにつけ、ここまで技術が上達する日が私にも来ることがあるのかとしばし落胆。ブツブツブツ……。


 マンガ、GAINAX原作・貞本義行漫画『新世紀エヴァンゲリオン』7巻(角川書店・567円)。
 買ったあとで気がついたんだけど、14日に限定版でフィギュア付きコミックスが出るのな。
 しまった。そっちで買っときゃよかった。
 ……誰か、300円でいいから、このコミックス、引き取らない?(^_^;)

 貞本版エヴァをお好みの人もいるんだろうなとは思うのだけれど、どうもアニメが先にあってからのコミカライズってのは、漫画家にとっては分が悪いように思う。せめて同時平行ならばともかく、後追いはそれなりの工夫をせねば、「なんだアニメと同じじゃん」と軽くあしらわれてしまう。
 かと言って下手に設定を弄くると、「アニメと違う!」と叩かれるハメになるのだ。
 博多弁で言えば「やおいかん」(=どうにもならない)のよ。
 今巻、アニメにはなかった加持の過去が語られる。彼はやはりセカンド・インパクトで孤児となっていたのだ。でもねえ、それを語ってるのが、あの最強の使徒が襲撃してくるときなんだよ。アニメでは加持が戦闘を背景にスイカに水を撒いてるあたりだ。
 アレは、シンジが「偶然、加持に出会って」、「目の前に危急存亡のときが迫っているというのに、それでもスイカに水をやっている」というシチュエーションだったからよかったのだ。もう一度エヴァに乗らなければならない。しかも早く。そういうシンジの決意を引き出すのに充分な緊迫感が生まれていた。
 けれど漫画じゃ加持がシンジを地下室に連れていくのな。場所を移動させたことで緊迫感のあったリズムが崩れた。「そんな悠長なことしてるばあいかっ!」てなもんだ。
 加持の過去を語らせるなら、もうちょっと、時と場所を考えるべきじゃなかったかなあ(見開きカラーページの加持の仲間たちのイラストはステキだったんだけどねえ)。
 このアレンジは明らかに失敗だと思うけれど、面白い演出もある。
 初号機がダミープラグを拒絶して、無数のスクリーンにシンジの顔が映し出されるシーン。演出的には劇場版『機動警察パトレイバー』第一作での「babel」の文字が無数に映し出されるシーンとほぼ同趣向なんだけれど、「エヴァにはエヴァの意志がある」と見せつける方法として考えるとこれはなかなかの妙手だ。
 テレビよりもずいぶん早い段階で、カヲルくんこと使徒タブリスも登場。
 カヲルくんも本当に罪な存在だったよなあ(^o^)。
 しかも今回、いきなリヌードでの登場だよ。次ページでシンジくんもヌードになってるから、何を考えての演出かはもうなんつーか、モロにアレだよね(^^*)。
 全国のヤオイ少女たちを狂喜させたのは、まあ、庵野さんのタクラミだからそれはそれでいいとして、結局、南極で見つかった「彼」を「アダム」って名づけたのは、ネルフの勝手なんだよなあ。
 要はただ、先史文明を築いた巨人を蘇生させたってだけのことじゃないのよ。少なくとも、従来のSFにはよくある手で(中身忘れてるけどホーガンの『巨人』シリーズがそんなんじゃなかったっけ)、あのときあんなに大騒ぎするほど目新しい設定でもなんでもなかったのだ。
 それより私が未だに気になってるのは、アダムの魂をサルベージして人間に移したのがカヲルくんだとするなら、あの入れ物としての肉体はいったい誰で、またなんでああいう美少年の肉体にしたのかね。……キールのシュミか?(^o^)

2000年12月02日(土) 『BLOOD』=『プロジェクトA子』?/アニメ『BLOOD THE LAST VAMPIRE』



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