無責任賛歌
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| 2001年08月29日(水) |
腹立ち日記/映画『お笑い三人組』ほか |
朝方、ミ○○シの業務サービスから、クーラー修理の件で電話連絡が入る。 昨日の連絡では今朝、来てくれるということだったが、「午後にお伺いしてよろしいですか?」ということで驚く。 メーカー連絡を頼んでおいた馴染みの電器屋さん、連絡を間違えていたのだ。それどころか、こちらの住所も教えてない。いったいどうなってるのか。 午後から出かける予定でいたので、急な変更は困る、と言ったら、「じゃあ、今から参ります」。 ちょっと立腹していると、しげの顔が険しい。 しげは私が他人に対して怒ったりすると、すごく機嫌が悪くなるのだ。どうやら、「幸次郎のクセして、生意気だ」ということらしいのだが(わしゃのび太か)、先方のミスに対してこちらが低姿勢になることはないだろう。 というか、ミスをしたらミスをしたで、言い訳なんかしなきゃいいのに、ミ○○シ、「昨日も電話を入れたんですけど」(ヒョウジケンガイだったので、受話器を取らなかったのだ)なんて、電話に出なかったこちらのほうが悪いような言い方をするものだから、こっちだって意地悪になるのだ。 更に「どうにか午後にできませんか? もうほかの予定入れちゃってるんで」なんて頼んでくる。もう、私のこめかみにはピクッと青筋が立っている。「そちらのミスの尻拭いをこちらにしろと言うんですか?」と言ったら、さすがに黙った。 こういう事情だから、しげが腹を立てるのは全く筋が通らない。クーラーが治らなくて困るのは自分だってそうだろう。だいたい、私が入院するちょっと前から、水漏れを起こしてたんだから、しげが連絡をしておけばよかったのだ。結局、面倒臭いからサボって、後始末をまた私に押しつけているのである。 自分もしょっちゅう甘えてくるくせに、そんな態度取るほうこそ、「しげのくせに生意気だ」。
しげは自動車学校。その間にミ○○シ、クーラーを修繕して帰る。基盤がイカレていた由。ホースの根詰まりも直してもらったので、これでまた数年は持つであろう。 直後に父から電話が入り、修繕はしてもらえたかと尋ねられる。 トラブった事情を説明すると、「ミ○○シから、こっちに電話があったぞ」とのこと。ミ○○シ、ウチの電話番号がわからずに父の店にかけたらしい。住所も電話番号も電器屋さんのほうに教えているというのに、どうして伝わっていないのだ。「アレはいつもじゃ」と言いつつも父も呆れていた。
快気祝に自分で赤飯を炊く。 もちろん、しげが何もしてくれないからだ。 なのに私の方は帰ってくるしげのためにイカのから揚げや棒棒鶏を作っておいてやるのである。 帰宅したしげ、うまそうにバクバク食う。……寄生されてるよなあ。
終日、日記の更新。 退院が近づいてからは、メモをつける程度にしか日記を書いていなかったので、新聞を読み返したり記憶を辿りながら書いて行くのだが、もはや断片的にしか思い出せない。それでも脳細胞をフル回転させて書き続ける。 なんでそこまでして書いてんだと言われそうだが、既に“業”になっちゃってるのだ。休みももう二日しかないし、それまでになんとしても溜まってる分を片付けようと思うのである。……それにしても、単純計算して位ても、月産、四、五百枚は原稿書いてる計算になるなあ。 でも、自分の心の中では、これでもまだ無理のないように「セーブしている」感覚でいるのだ。だって、日記だけ書いてたら、本も読めないし、映画だって見られないじゃないの。
午後から何か見たい映画はないかしげに聞くが、要領を得ない。 しげがバカだなあと思うのは、「この映画見たいんだけど」とこちらが持ちかけても、返事をしないことである。 はっきり「見たくない」と言うと、ワガママだと捉えられてしまうかも、と黙っているつもりなのだろうが、こんな無意味なことはない。見たけりゃ、「ウン、行く!」と言ってるはずだからだ。 結局、即断するしかないのだということはちょっと頭をひねればすぐわかることだし、そうしろと言ってもいるのに、相変わらず優柔不断なままだ。 「だって、ちょっと見てもいいかな、という程度で、すごく見たいというわけでもないから」 それは「見たくない」ってことなんだよ。ああ、もどかしいヤツ。 「『パールハーバー』は?」と逆に聞かれるが、しげはもう私の入院中にそれを見ているのである。しかし、バカ映画は好きだが、サルの作った映画は私のほうが見たくない(この場合、アメリカ人がサルだという意味ではなくて、ジェリー・ブラッカイマーとマイケル・マンがサルだという意味である。誤解のないように)。 一応、私も選択肢として、『A.I.』、『ジュラシック・パーク�掘戞◆愴鵐丱薀鵐后戮魑鵑欧燭�、しげは全部無言。 なんだか相手にするのがイヤになったので、外出はなし。
鹿児島、種子島センターのH2Aロケットが、ようやく打ち上げに成功した。 失敗しまくりの末の成功だけれども、これであさりよしとおもスランプから脱却できるかもな(笑)。 ニュースでは、種子島の住民たちが「ホッとしました」とか、満面に笑みを浮かべている様子を映しているが、島の人たちにとって、ロケットって、そんなに生活に密着したものになっているのか? でもなあ、結局は観光に来た他地方のお客さんのオカネを期待してるだけじゃないかって気がしてならないのだ。あそこに集まってる人のどれだけが物見遊山ではなく、宇宙開発の未来に本気で思いを馳せているんだろうか。 もちろん、物見遊山が悪いとは言わないが、あの群集の中にせめて一割はロケットオタクがいてくれないと、第二の毛利衛さんは生まれてこないと思うんである。ロケットを観光のための道具にしてんじゃねーぞ。 ……でも、ロケット饅頭とか売ってそうなんだよなあ、種子島。
イチロー、200本安打、打率も3割5分でトップとかで、国民栄誉賞の話も出ているのだそうな。 別にイチローが嫌いってわけじゃないが、野球で大リーグで活躍したら国民栄誉賞なのか、じゃあイチローが日本で活躍し続けていても、栄誉賞はもらえないってことなんだな? と、なんだかヒネクレたモノの見方をしたくなる。 考えてみたら、まだ長嶋茂雄だってもらっちゃいないのだ(死んだときじゃなきゃムリだろうな)。受賞に順番があるわけでもないけれど、冷静に考えてみて、イチローって、そんな「栄誉」されるほどのことをやったと言えるのかねえ? 記録って点じゃ、王や衣笠とはまだ格が違うって思っちゃうのだけれど。 でもあげるってもんをあげるなとまで言いたいわけではない。 ただ、未だに日本人が、シャープ兄弟を破った力道山のころと精神構造がいささかも変わっておらず、「よくぞ外国に日本の威光を知らしめてくれた!」と、たかがスポーツのことで有頂天になっちまうような、脆弱なプライドしか持ち得ていないことが情けないなあ、と思っちゃうのである。 映画が海外で賞を取っても、ほとんど報道なんかしないくせにねえ。広末涼子や宮沢りえに海外での受賞経験があるってこと、知らないやつも多くないか。黒沢清の『回路』、カンヌでの受賞もほとんど報道されてねーぞ。
夕方、CSチャンネルNECO『お笑い三人組』見る。 NHKドラマ本放送時にギリギリ間にあった世代じゃあるんだけれど(古くてすまんねえ。映画は昭和33年製作だけど、番組自体は昭和41年まで続いていたのよ)、もうテーマソングくらいしか覚えちゃいない。でもラストで三人が歌ってたメロディー、テレビ版とは若干バージョンが違うんじゃないか。「アハハ、ウフフ、エヘへのへ」ってあたりはなんとなく覚えちゃいるが、映画のほうは笑い声がちょっと少ない。 三人ってのは落語家の三遊亭小金馬(現、金馬)、講釈師の一龍斎貞鳳、物真似の江戸屋猫八、それぞれ下町の酒屋、サラリーマン、パン屋に扮しているのだけれど、印象に残ってるのは金馬さんだけだなあ。ともかくチャカチャカしてて、何言ってるんだかわかんないような早口でまくしたてて、体を動かしまくっていたのが子ども心にウケていたのだろう。今の私なら、ちょっと頭のヨワイという設定の、猫八のファンになってるだろうけど。 複数のお笑いっての、誰か一人に人気が集中するものだけれど、この映画でも、三人組の「オチ」の部分を担当するのはいつも金馬である。やはり一番ノッていたころなのだろうなあ。 孤児の男の子を大富豪の子どもと勘違いして引き取って育てる三人組、この「子供と絡めて映画化」ってのは喜劇の映画化の定番。代表作はチャップリンの『キッド』だけれど、日本も『突貫小僧』以来の長い伝統がある。でも松竹が子供を使っても『長屋紳士録』みたいに人情ものに流れやすいのに対して、この『お笑い三人組』、日活って土壌も幸いしてか、結構ドライな仕上がりになっているのだ(『国士無双』、『赤西蠣太』から『幕末太陽伝』に至る流れを見よ)。 男の子のイタズラにさんざん悩まされる三人、実はただの孤児だと知って、褒美がもう期待できないと落胆して、この子を捨てに行っちゃうのだが(非道だが、当時の庶民感情なら、まあ納得)、そのとき子どものほうから「しかたないよ、ドライに行こうぜ」とたしなめられてしまう。 更にドンデン返しが起こって、やっぱり男の子は富豪の孫だったということが判明するのだが、それが新聞に載った途端、「私がその子の母親」と名乗る女性が、大挙して押し寄せてくる。この辺、キートンの『セブン・チャンス』の変形であり、松竹の三益愛子の「母もの」に対する痛烈な皮肉にもなっている。 いやはや、意外と喜劇史的に侮れない造りになっているのには驚いた。もともと、この手のテレビの映画化ってのは、テレビの短い時間に制約されて十分にその芸をみせられない芸人たちに披露の場を与えるって側面があって、そういう場面は確かにあるのだけれど、「それだけじゃ済まさないぞ」という脚本・監督の意志が見られるのである。意外とこれは拾いものであった。 ゲストのチンピラ役で、小沢昭一・柳沢真一・西村晃の三人がワンシーンだけの友情出演。西村晃が昔はよくコメディーやってたこと知ってる人も少なくなったろうなあ。
同じくチャンネルNECOで『スレイヤーズぐれえと/スレイヤーズごうじゃす』。以前、映画で見てるのだが、こうしてテレビにかかってるとつい見ちゃうね。どうもマヌケな映画にゃ目がない。 この『スレイヤーズすぺしゃる』シリーズ、たいていなにかの併映として作られてるために1時間ちょっとの時間枠、なのに、ギャグの数が目一杯というのが嬉しいのである。『ミンキーモモ』だけでしか評価されてない感のあるわたなべひろし監督、もう一つの代表作と言っていいのじゃなかろうか。 ファンシーなゴーレム造りの道を極めようとするオヤジとか、小遣い値上げを拒否された腹いせにドラゴン軍団を率いて戦争おっぱじめる小娘とか、「世界はバカで満ちている」という世界観が素敵なのだ。
2000年08月29日(火) 後始末は大変そうだな/『ルパン三世総集編』第6集ほか
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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