無責任賛歌
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| 2001年07月11日(水) |
変と変を集めてもっと変にしましょ/『コミックマスターJ』7巻(田畑由秋・余湖裕輝) |
昨夜あたりから愚図ついていた天気が、今日は雷を伴った土砂降りに変わる。 やれやれまたかい(´_`;)。 なんだか今年くらい梅雨らしい梅雨というものもないように思うがどうだろう。福岡ってところは、これだけまとまって雨が降って、水害に襲われたりしていても、いざ夏場になってみると、水不足に見まわれたりもする厄介な土地柄である。 平野部にはよく雨が降るけどダムのある山間部にはなかなか雨が降ってなかったりするんだよねえ。ダムの数はこれ以上増やせないのに、年々平野部の人口は増えてってるし。
ニュースが繰り返し今日行われた党首討論を放送している。 ごく当然のように小泉首相(保守・公明は補佐って感じね)を野党が攻撃する形になってるけれど、昔に比べると、なんだかおもねるような批判になっちゃってるなあ、という印象。 昔っていつごろかって、安保闘争の頃だったりするんだけど。いや古いね。 そこまで昔に遡らなくても、まだ社会党が「自衛隊違憲」なんて唱えてて、自民党と明確に政策方針が違っていた頃は、批判の舌鋒は鋭いなんてもんじゃない、怒りと罵声そのものだった。 だからこそ社会党は民意をつかめなかったってこともあるんだろうけど、熱いコアはあったんだよね。一端、与党となった経験を持って以来、もはや社民党はただの抜け殻になっちゃってる。 小泉首相が「社民党は共産党に近いんじゃないか?」と土井さんに質問した時、一瞬私ゃ、小泉首相、なんて柄に似合わぬ(^^)切れ味のある質問するんだ、と思ったんだよね。 土井さん、なんて答えるか。 「断じてそんな心配はありません」 だと。 いや、笑った笑った。もともと共産党に近かった政党がそれ言っちゃあねえ。 社民党、結局は「ウチらに政治理念なんてありません。政権が取れるんなら、村山さんの時みたいに自民党につくことだってありますよ」って本音を言っちまったことに気づいてないのな。 その前段階として保守党の扇さんが、「野党は政策が違うのに『野合』してる」と批判したのに対して、民主党の鳩山さんが「野党が『共闘』してなぜ悪い」と開き直ったことに対する皮肉の意味があったんだろうけどね。 「中身がないぞ自民党」と批判する野党自体にもっと「中身がない」から、自民党がいつまでだって政権取れてるわけでないの。55年体制が崩れた崩れたって言ってたころもあまり信用してなかったけどね、一党独裁こそ難しくなってるけれど、結局は寄らば大樹の陰。民主も社民も自由も、いつ変節して自民党と「共闘」するか分らない政党だってことはすっかり露呈しちゃってるよ。 野合と言えば公明党だって政策違うのに自民党にくっついてるんだよねえ。神崎さん、「首相の靖国参拝をどう思うか」と土井さんに質問されて、「首相には考慮してほしい」のヒトコトですませてたけど、考えてみりゃなんでこれだけですむんだ(^_^;)。 それでも小泉さんはするだろ? 参拝。 したら公明党、「自民とは一緒にやってられん」と連合離脱するか? しないだろ? そこをなぜ土井さんほか、野党はもっと突っ込まないか。つまりは、今の公明の位置に自分たちがいつか立つことを想定してるからでしょ? 「どの程度の答弁したら、信条が違ってるのに連合してる矛盾をなあなあですませられるのか」、今からシミュレーションしてるんだよな、あいつら。 だからそれが国民をバカにしてる行為なんだってばよ。 国民が「ふざけんなバカやろう」と思ってないとでも思ってるのか。 まあ、これだけ野党が自民党に勝たせたがってる状況じゃ、参院選の行方も目に見えてるよねえ。多少は「自民党にばかり勝たせちゃねえ」と言う動きがあるとしても微々たるもんだろうな。
ウチにも「だれそれ候補をよろしく」ってチラシ持ってくる人がいるけど、宗教の勧誘といい、ああいうのってどうしてみんな親子連れ、家族連れで来るんだろうね。 実家じゃ「政治信条は親子でも別」って考え方だったから、親父もお袋も一度も私にどこの政党を支持してるか、選挙の時どこの政党に投票したか明かさなかった。新聞は朝日も赤旗も聖教新聞もとってたから(^o^)、ホントにどこの政党支持なのか今でも判らん。もしかしたら親父とお袋も支持政党が違ってたのかも。?(゜_。)?(。_゜)? でもそういうものではないのかな、民主主義ってのは。 以前、私がある政党に勧誘された時も、オヤジ、「お前の好きにすればよかたい。ただオレはそこは好かん」と言っただけだったし。 おかげさまで私は未だにノンポリであります。 従いまして、この文章、決して特定の政党を支持するものでも誹謗中傷するものでもありません。私にとって政治ってのは昔も今もキツネとタヌキの騙しあいであって、そのドーブツぶりを揶揄するものでしかないのですよ。 そこんとこお間違えなく(^^)。
今日も仕事が終わって帰宅するなり、草臥れてすぐに寝る。 午後9時ぐらいかなあ、寝たのは。 で、午前3時に目覚めてさ、さて、これから日記でも書こうかとしてたら、しげがぐしょ濡れで帰ってきた。 思わず「濡れ鼠さ〜ん」って声かけたくなるくらい。 ホント、チビだから濡れるとドーブツっぽくなるのな、しげって。 早速、風呂に入ろうとして、「ごめん、ソファの上のフクロ取って」と私に頼むので、シャンプーの替えでも買ってあったのかと思って見てみると、中身はシャンプーハット……( ̄○ ̄;)。 そろそろちゃんと目を閉じて頭洗えるようになれよな。
しげが池波正太郎を読み始めたことは前にも書いたけど、ようやく『雲霧仁左衛門』を読み終わったらしい。しげが自分で小説を買って読むってのも珍しい。そんなに面白かったのかと聞いたら、「時代小説が意外と読みやすいのは判ったけど、最後があまり面白くない」ってことだった。 前にも書いたが、池波さん、つまらないとは言わないけれど、私にも少し物足りないのである。ミステリとしては全然だし、市井ものとしても岡本綺堂、山本周五郎の域には及ばない。ピカレスクロマンとしては笹沢左保のほうが上である。どうにも中途半端なんだよねえ。結局、グルメ小説として読むしかねえのかって感じがして。 半藤一利だったかな、「今は、ほかにいい時代モノがないからよく見えるだけだ」と辛辣な批評してたけど、そう言う面はあるだろう。 「ほかに面白い時代小説はないの?」と聞くので、国枝史郎の『神州纐纈城』を貸した。都筑道夫の『なめくじ長屋』は面白がってくれなかったしなあ。これでダメだったら次は山田風太郎か半村良『妖星伝』でも読ませてみようか。 あ、半村の『およね平吉時穴道行』なんかは読んでたっけ?
マンガ、田畑由秋脚本・余湖裕輝作画『コミックマスターJ』7巻。 連載マンガが落ちそうなとき、風のごとく現われ、たとえ明日の朝イチがシメキリであろうと、オリジナル以上の技術でゴーストライターを勤めてしまうという、本物のマンガ家さんが聞いたら本気で仕事を依頼したくなるであろう、「コミック界のブラック・ジャック」のシリーズ。 でも、私は勝手に「コミック版トーキング・ヘッド」(←押井守の実写映画ね)と呼んでいます。意味がわかる人は多分ちょっと人としての道、踏み外してるぞ(^^)。 毎回、マンガ界の内輪ネタをパロディ化してるんだけど、いつもなら「ああ、このネタはだれそれのどのマンガことだ」って、一発でわかる場合が多いんだよね。 でも、「女を知らんうちは妄想爆発でスケベ漫画を描いてた奴がいたんだが女とヤッたとたん話どころか絵まで死にやがった!」ってのはあまりにも候補が多過ぎて誰か特定できんがな(・・?)。 元祖は永井豪だろうけど、最近だとみやすのんきあたりか?(最近ってほどでもないか) 今なんの雑誌で何書いてるんだっけかなあ? でも、この「少年の妄想」がエッチマンガの原動力だってのは、以前、誰だったか評論家も指摘してたことだけど、実際、ピンと来るんだよね。ここで重要なのは、「エッチマンガ」と「エロマンガ」ってのははっきり違うってこと。 あだち充は現在の少年エッチマンガの代表者であろうが(あ、ファンの人、石投げないで)、あだち充のファンでなおかつ石井隆のファンでもある、なんて人はそうそうおるまい。 少年エッチマンガの少女はたいてい童顔で、だけどボディーラインはオトナという、ロリコン+マザコンの両要素を備えてるんだよね。この相反するように見える二つの好みが並存してるところが、日本人のモラトリアムな性癖を表してるように思う。 つまり「オトナになりたいけど、コドモのままで甘えてもいたい」ってことだね。女性にとっては気持ち悪いかもしれないけど、今の日本人の男は、みんなそうなんだから。 昔の日本人はそうでもなかった、というより、現実の女にそうそうナイスバディーの巨乳がいなかったから、マンガにだって、現実感のある女って出てこなかったんだよね。この辺のことは夏目房之介さんも「記号的なチチの時代」として評論してた。手塚治虫の色っぽくないヌードとか、横山光輝の描き慣れてないヌードとか(^^)。 でも戦後、子供たちに栄養が行き渡るにつれて、日本人が追い求めても求められなかった「童顔+巨乳」がある年を境に爆発的に流行することになる。 そう、あの「アグネス・ラム」の登場した昭和50年。この年を私は「巨乳元年」と呼ぶ。 それ以前にもこの「童顔+巨乳」の資格を満たすアイドルはいたんだよね。例えばアグネス・チャン。けれど彼女は「ムネがでかいと売れないから」と、サラしを胸に巻かされてた。アグネス・ラムのブレイクで、ようやくアグネス・チャンも水着になれたということを考えても、アグネス・ラムがエポック・メーキング的な存在であったことは間違いないのだ。そしてついに純然たる日本人巨乳アイドル、「榊原郁恵」「河合奈保子」「柏原芳恵」らが生まれる。この系譜が、イエローキャブのアイドルたちを経て、今の優香あたりにまでつながってるわけだね。 そしてマンガ界にもその影響は大きく、やはりエポック・メーキングな一つの作品を生み出すことになる。 ハイ、もうわかりましたね。 そうです。高橋留美子『うる星やつら』の登場です。 ビキニの鬼娘キャラが「ラム」という名前でなかったら、果たしてあれだけのブレイクをしていたかどうか。『うる星やつら』の初掲載は昭和53年で、「ラム」と聞けば自然と誰もが「アグネス・ラム」を連想していた時代だからこそってことがあるんですよ。 『うる星やつら』のブームがオタクブームを牽引していったことを考えると、アグネス・ラムなくしてナウシカもベルダンディーもアヤナミもあり得なかったという暴論も成り立つのであります。
あ、いかん。 『コミックマスターJ』の話と全く離れてしまった。 \(・_\)今までの話は (/_・)/置いといて。
今回、明らかに「富野由悠季」と判るアニメ監督が出てくるのだけれど、初めて読む人は「ホントに富野監督ってこんな人?」と驚くかもしれない。 なにしろ、初対面のマンガ家に「君、気持ちいいS○Xしてるぅ?」って聞くヤツだし。(;^_^A でも、これ、『ブレンパワード』作ってた時の実話らしいよ。 そう言えば、昔、『機動戦士ガンダム�供^ァ�戦士編』の初日舞台挨拶で、富野監督がいきなリ「学生さんは朝からアニメなんか見に来ないで、帰りなさい」と説教し始めたことがあって、面食らったっけな。 で、あとは延々と「二作目が作られても三作目が作られるとは限りません、みなさんの応援次第です」ってことを喋り続ける。おいおい、さっき「帰れ」って言った相手に向かって「応援してね」ってどういう了見だ、と笑っちゃったね。 あんまり驚いたんで、一緒に挨拶に来てた安彦良和がなに喋ってたか全然覚えてないぜ。 いや、いいんだよ、変人で。 変人でなきゃ、いい作品だって生み出せないし、政治家にもなれまい(^^)。 あ、しまった。全巻揃えた『∀ガンダム』、まだ最終回まで見てないや。
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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