委員長の日記
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2005年12月20日(火) 誰かと誰かが繋がって・・・

新しい年を迎える前に
●悲しい出来事

広島で小学生が下校途中で殺害され、段ボール箱に入れられて発見された…と思うまもなく栃木でも同じように下校中の小学生が遺体で発見され、犯人はまだ見つかっていない。
 そうかと思うと、18年間も幽閉状態で、外に出さず学校にも行かせてもらえなかった少女が保護を求めて逃げ出してきた、というニュース。母親は、障害があるため不憫だった…と言っているらしいが、誰が見ても明らかにネグレクト(育児放棄)なのに、生きていくために最低限の食事の世話などはしていたため、ネグレクトとは言えないという理由で、傷害罪の容疑しかかからないという。
 18才で、身長が120センチしかなかった彼女に、本当に必要最低限の世話をしていたかどうかという問題はさておき、「安心して、自信を持って、安全に生きる」という、すべての子どもたちが持っていル、もちろん彼女も持っていたはずの様々な権利は一体誰が守るべきだったのか?などということは問われないのか?
こちらでは、隣人や保育園からの児童相談所への再三の通報にもかかわらず、継母の供述だけを鵜呑みにしていたために、5歳の男の子が虐待死・・・
どうして、こんなにも悲しい出来事ばかりが起きるのだろう。

●私たちの願い
昨年から今年にかけて、私たちが取り組んできた様々な鑑賞事業。
父親と息子の心の交流をコミカルに描いた「ちいさくなったパパ」
お腹の中の赤ちゃんが生まれてくるまでの両親の心や、お腹の中の赤ちゃんの心を描き、生まれてくる命への深い思いを描いていた「あなたが生まれるまで」
そして、この12月に取り組んだ「銀河鉄道の夜」は言うまでもなく、死と友情について描いた、宮沢賢治の名作・・・
そのすべてに一貫していたテーマがあります。
それは『命』
もっといえば、『命の大切さ』
私の命が大切なように、あなたの命も大切なんだよ!
みんながいるから幸せなんだよ!
そんな思いを大切にしながら、実行委員の一人一人が声をかけ続けてきたのです。

鑑賞事業だけではありません。
今年で2年目を迎えた『親子遊び』は、乳幼児期の親子のふれあいの大切さを伝えたい、という思いから始めた企画。
この企画は、必ず最初にお母さんのおひざに抱かれ「好き好き!」ってほお擦りをするところから始めます。
ほお擦りをされた子どもたちは、本当に嬉しそうな、幸せそうな笑顔をお母さんたちに返してくれます。
そう、その笑顔こそが、子ども達が私たち大人にくれる、最高のプレゼントなんだよ!
そのことを伝えたいために、私たちは毎回、一生懸命に本気で遊んでいます。
こちらが本気で遊べば遊ぶほど、子ども達の笑顔が輝き、連鎖反応のようにお母さんたちの顔もほころんでいくのです・・・

 小さい頃にそんな幸せな時間を、たくさん経験した子ども達は、大人になったときにきっと素敵なお母さん、お父さんになってくれるはず…そう信じて。
 でも、時々ふっと考えることがあります。
 この子達が大人になったときに、私たちはひょっとしたらもういないのかもしれないな・・・
 よく考えたら気の遠くなるような話だけど、それでも、そんな願いを込めながら私や一緒に関わってくれるスタッフは皆、日々の活動を行っているのです。
 それも、もちろん無償で・・
 究極のお人よしって言われても仕方ないけど・・・
 活動に参加してくれた子ども達の笑顔が、私たちにとっての一番のご褒美なのですから。

●子ども達を守るために・・・
 けれども、最初に書いたように、連日のように報道される、子ども達が被害に会う事件の数々。
 どうしてなの?!どうしたらいいの!!と思わず叫びたくなることもあります。
 子ども達を犯罪から守ろう!と、当下校時に地域ボランティアの人たちがパトロールをしたり、中にはスクールバスの導入も検討されているといいます。
 もちろん、防犯が大切なのは言うまでもないけれど、犯罪は、その隙間を狙って起きるものだ。もちろん、子ども達を24時間監視できるすべもありません。

 先日も、事務局のFさんが「子どもが不思議なアンケートを持って帰ったんですよ。どう思います?」というので、その中身を聞いてみたら、子ども達への防犯というテーマらしいのだが、いくつかの項目の中に「これから、子ども達の安全のために一番頑張らなくてはならないのは、次のどれだと思いますか?」という問いかけがあり、選択肢として、*警察*地域*学校*保護者などが並んでいたというのです。
「一番!ってどういう意味でしょう?誰かが一番頑張れば良いって言う話じゃないと思うんですけど、みんなが子ども達のことを考えなくてはいけないはずなのに・・」と憤慨しているFさんに、
 「そうだよね、誰かが・・じゃないよね。みんなが子ども達に目を向けていかなくちゃね。
 でも、一番の防犯は、子ども達や大人同士が地域の中にたくさん知っている人がいる…っていうことなんじゃないかな。」と私は答えました。

 知らない人に声をかけられてもついていってはいけません・・って教えることも大切だけど、あの角を曲がったところのおばちゃんはちょっとうるさいけど、頼るになるぞ。とか、あそこのおじいちゃんは良く叱るけど、実は優しいんだ・・とか。○○君のお母さんはおやつを作るのが上手だから、遊びに行こう!とか・・   
遠い昔の話ではない、私が、今は成人した我が子を育てている時にも、まだまだそんな地域の繋がりはありました。
朝登校時に、転んで泣いている1年生に困った6年生の班長さんが、何度通学路の途中にある我が家に駆け込んできたことか・・
夏の暑い日、山の上の団地に住む子ども達が毎日のように、ちょうど坂道の中間地点にある我が家に、「すみませ〜ん、お水くださ〜い・・」って真っ赤な顔をしながら立ち寄ったものでした。
私は、そんな子ども達に対応しながら、「きっと我が子もこうやって地域の誰かにお世話になっているんだろうな。」という安心感のようなものを感じていたものです。
 今は、そんな地域の連携が薄れているのかしら・・・
 どうしたらいいんだろう・・

●誰かと誰かが繋がって・・
 今回のテーマにも書いたこの言葉は、私の大好きな“福尾野歩さん”の遊び歌の中の一節です。
 私たちの誰もがみんな、誰かと誰かが繋がってこの世に生を受けました。
 私たちの誰もがみんな、誰かと誰かと繋がってこの社会で生きています。
 誰かと繋がっていることが、自分自身の存在を大切に思える一番の原点なのではないでしょうか。

 小さな頃、お母さんとつないだ手のぬくもりは、他の誰とつないだ手よりも暖かく、安心感を与えてくれました。
 遠足の日、友達とつないだ手は、楽しい思い出を共有できる喜びを感じさせてくれました。
 親になり、ヨチヨチ歩き始めた我が子と初めて手をつないだ時、「この子を守ってあげたい・・」という強い思いと、それまで感じたことの無い感動を味わうことができました。
 今、子ども達を虐待したり、犯罪を犯している多くの人達は、自分自身が誰かと繋がっているということを感じることがあるのでしょうか?

 誰かと繋がっている大切な自分を感じることが出来て初めて、自分自身の周りの人達のすべてを大切に思えるのだと思います。

 前述の“福尾野歩さん”の遊びセミナーでは、必ず初めて出会った人達と、身体を触れ合いながら遊びます。
 ♪初めまして、ご機嫌いかが?♪歌いながら握手をし
 ♪サンドイッチドッチドッチ・・♪と歌いながら最後は相手の手を食べちゃう!
 みんなで長〜くつながって一緒に走るジェットコースターは自分の前後の人達を信頼していないと思い切り走れません。
 彼のセミナーに参加するたびに、終わるときには、その日出会ったすべての人達との別れが名残惜しく感じます。
 もう二度と会わないかもしれないのに、その日の出会いが本当にかけがえの無いものに感じられるのです。

●細い細い糸をつむいでいく
 そして、いよいよ来年の3月に、私の長年の夢でもあった“野歩さん”のセミナー&コンサートが実現できることになりました。

 先日、広島の幼稚園にコンサートに来られた野歩さんに、下見と打ち合わせを兼ねて数人のスタッフと一緒に会いに行ってきました。
 最初は、一番後ろにずらっと並んだ見知らぬおばさんたちに、不審そうな顔を向けていた子ども達でしたが、コンサートが進むに連れて、子ども達と混じって一緒に遊び始めた私たちに、好奇心旺盛な何人かの子ども達がちょっかいを出してきました。
 
副委員長のKさんは、ゴキブリじゃんけんで、突然スプレーを吹きかける仕草を数人の子ども達に攻撃(?)されて、瀕死のゴキブリのふりをして倒れるまでかけ続けられ…
事務局長のFさんのひざになぜか頭をのせて横になっている男の子…
 たまたまラメ入りのセーターを着ていた私の横にちょこんと座ってきた男の子は、にこにこしながら「キラキラ!キラキラ!」ってセーターの袖をなで続け…
 そうです、私たちは確実に、その日出会った子ども達と繋がることが出来たのです。

 250人の子ども達と一緒にパワフルなステージを終わり、食事の前に撤収をしなくてはならないという貴重な時間を割いて、野歩さんは私たちに、30分以上も一生懸命語ってくださいました。
 そのすべてをここに書くことは不可能ですが、その中で一番印象に残った言葉があります。
 それは、要約すると「これから、この企画を実現していくためには、関わっていく人達に絶対に温度差がある。でも、一番大切なのは、何のためにやっているのか?っていうことをしっかり共有すること。そのためには、お互いをつないでいる細い細い糸を、一本ずつ丁寧につむいでいくことなんだよ。」ということです。
 
 その言葉を聴きながら、私は気づきました。これまでも、様々な企画を実施していくたびに、その目的を共有しなくてはならない…と、実行委員会などで必ず話し込んではきましたが、子ども達のため!という大前提の中で、いつのまにか、メンバーの中に、みんな分かっているはず…という思い込みがあったのではないか。
 地域のたくさんの人達を巻き込んで、この企画を成功させるためには、もっともっと自分たちの思いをしっかり共有しなくてはならないんだということ。
 
 そのためには、野歩さんが一番大切にしていることは何なのかということを、もう一度しっかり考えよう・・・
 
 そう、誰かと誰かが繋がって・・・
 繋がることで、あなたがいて、私がいる。
その大きな輪の中に、子ども達がいる。
 そんな地域になりたいな・・・
 そんな地域を作りたいな・・・
 それこそが、NPO法人である私たちの団体の大きなミッションだったはずです。

 一つ一つの企画は小さな種かもしれないけれど、その日出会ったすべての人達との出会いに感謝し、細い糸を捜して、共有し、また新しいつながりを作っていきたいな・・
 そうすれば、今は知らないあなたとも、きっと繋がることができるはず。
 そう信じて、種を蒔き続けていきましょう。
 


委員長