- 2013年03月11日(月) キーリはじっと寝台の上に蹲り、そろえた膝とみじめな心を抱き込みました。フィーリはかれの兄でした。両親とともに灰色山脈のころから片時も離れたことはありませんでした。食べるものが十分でないときふたりは互いに分かち合いました。寒いときは身を寄せ合いました。そして両親とのつらい別れのあと、この青の山脈へ向かう苦しい旅路ではいっそう互いに離れがたくなりました。キーリは、もしどちらかが狼の牙やゴブリンの刃といった絶体絶命の危険に身をさらさなければならない時がきたら、きっと自分がその番にあたろうと心に決めていました。フィーリを守り、その傍らにいるのはいつでもキーリのはずでした。やわらかくてもつれやすいフィーリの金髪を梳いて三つ編みにしてやるのもキーリの役目のはずでした。香りのよい木の枝を削ったふたり揃いの髪飾りは作りかけでいまも引出に仕舞ってあります。キーリはそれを、新年のお祝いにフィーリに贈るつもりでした。でもそんなものがどうだというのでしょう! フィーリは青銅か銀か、もしかしたら金でできた素晴らしい細工の髪飾りをトーリンに貰うでしょう。そうしたらキーリの粗末な木の髪飾りなど、みっともなくて贈ることなどできません。キーリは黙って頭を膝に押し付けました。忍び泣きが毛布を震わせました。 フィーリはトーリンの跡継ぎです。これからはドワーリンのような歴戦の勇者がフィーリを守るでしょう。キーリがおもちゃのような弓矢でやせた兎を仕留めなくても、ここでは食べるものは十分にあります。バーリンのあの器用な手の方が髪を梳くのは上手でしょう。もう二度と会えないだろう母親と父親を思ってまたフィーリが泣くこともあるでしょう。でもそんなときも、なぐさめるのはもうキーリではなくトーリンの役目ということになるでしょう。何度もあの金髪を撫でつけて、フィーリが安心するようにと手をつないだまま眠ったものですが。そうです、もうフィーリには以前ほどキーリは必要ではないのです。それとも、もうぜんぜん必要ではないのかもしれません! そう思うとキーリの胸は締め付けられたように痛みました。こうした苦しい夜ははじめてではありませんでした。 そしてフィーリはどうしていたでしょう。フィーリもまた眠れませんでした。フィーリはきょうトーリンから、ゆくゆくはフィーリがトーリンを継いで一族の長となるのだと告げられました。それはフィーリの胸にずしりと重くのしかかりました。フィーリにはもうドゥリンの一族が置かれた苦境がわかっています。数々の災厄は執拗なまでに襲い掛かり、昔日の栄華は思いもよりません。しかもトーリンはいつかエレボールに戻ろうという思いを持っています。そのときには軍勢が上げられるのでしょうか。おぼろ谷の戦いのような大軍の集結が再び望めるとは思えません。しかしトーリンの決意は固く思われました。どのような形にせよ、そのときが来たら自分はトーリンについて苦難の中へ進んでゆくことになるでしょう。その強さが自分にあるだろうかとフィーリは危ぶみました。しかし投げ出すことはできません。倒れることもできないでしょう。そんなことになればすべての重荷はキーリに負わされる運命になるからです。 フィーリは寝台に横たわり、天井を見上げたまま身じろぎもしませんでした。フィーリは自分が強くないことを知っていました。キーリがいなければあの旅路も到底越えられはしなかったでしょう。困ったとき、迷ったとき、いつでもキーリが傍にいてくれました。ですがいま、フィーリは強くならなくてはなりませんでした。トーリンを支えられるほど強く、キーリを守れるほど強く。フィーリは長いくるしいためいきをつきました。ここにキーリがいてくれたら、とフィーリは思いました。ですがキーリはもう眠っているでしょう。朝からずっとドワーリンの稽古を受けていたのだから、くたくたのはずです。それはフィーリも同じでしたが、フィーリは眠られそうにありませんでした。もし両親の墓が近くにあればせめてその傍らに立つこともできたでしょう。ですがそれもかなわぬことです。 フィーリはとうとう起き上がりました。 -
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