- 2006年09月22日(金) 漢詩・漢文まみれにしばらくなってて、ふとサルトルあたりを紐解くと、流れている精神のあまりの違いに同じ生物の生産かとさえ思い粛然とする。東洋と西洋のかくも深い隔絶を、ただ同じ文たり章たるという理由ばかりで等しく読みうるわれらの不思議を、どのように紐解きえようか。 中国において印象深いのは「それ天は人の初めなり」の一語である。人は天に続くものだったのだ、神々はこの国の説話においてあまりにも親しい。愛され敬され、だがときに嘲られ利用される。詩人の悩みのありかは現世の悲惨であり、我が意を得ぬことであり、愛するものと訳隔てられていることである。『楚辞』における天問のごときはむしろごくごく希有なのだ。 一方において西洋とは、骨の髄にいたるまで我と神の世界である。神とは絶対者であり、かつ、絶対的客観である。人における主観とは、神によって見られるモノという仮定を離れてはおよそ存在しない。裏返せば西洋の我は見るもの=神によって形作られたということができるだろう。ここにおいて西洋の詩歌がうたうのは、我の不思議であり印象深いのは「物理法則の複雑さと内的道徳律」を巨大な不思議として驚嘆する心である。 東洋における、西洋的な内省の欠如は何を意味するのか。道徳律の低さでは断じてない。ここにあるのは東洋的な道徳律である。中国の「法家」は、国をおさめるに、規矩縄墨となるべき法を勧めた。儒にしても変わらない。国を治め、世界を従え、自ら尊くして天に近づくことがかれらの徳だ。この世に表出する一切を天の意志とすればそれもまたむべなるかな、である。 ここには社会がある。社会における評価を絶対とする道徳がある。君子は豹変してなんら悔いがない。そのようにすることはむしろ賞賛される。かれらは徹頭徹尾に日々24時間を現在と世間に生きまた考えてこれを離れることなく、それだけ悲惨も邪悪もまた歓喜も崇高さも深く色濃かった。 西洋における、西洋的道徳とは絶対的な神に根ざす。この神とはイェホバでありキリストである。詩人の想念は、いわばちょうど半分ずつ、地と天に向いているのだ。さらに言えば。地における王国と、天における神の階梯のファンタジーがそれぞれ等価なのである。かれらは地における労苦を思い、だが同じ時間を神と罪の夢想に費やす。かれらすべての人々が、社会が。 ファンタジーの中に生きるのは、ある意味で愚かしいことである。だが、18時間の激しい労働があったとして、残る6時間にファンタジーにおける救済の中に生きることができれば、かれは幸福にさえなれるのである。むろん世において過ごす時間が四分の三に減るだけでなく、かれの生涯と世間との関わりのありかたもまた全く変わっているのであるが。 簡単にまとめるなら、中国の詩歌に感じる美しさはその生涯の一切を現世で過ごしたひとたちが大きく見開いた目に見た現世の美しさであり、同時に感じる物足りなさは、西洋的内省に馴れたわれらが自然に求める主観と客観のファンタジーを欠いているということにある。一方、西洋の詩歌に感じる物足りなさと窮屈さは、必ずすべての付随し付帯し逃れる余地のない絶対神というファンタジーの裏打ちのあまりにも徹底した完全さなのである。 以上、単なる印象である。しかしもしこの想念をさらに進めてみると、日本人とはいったい誰なのかというところに突き当たるだろう。東洋も西洋も柔軟に理解しおよそその屈託に気づくことさえないほどすんなりと受け入れた、この日本人とは何なのか。日本の思想とは何なのか。 日本の無常に、「蒼海変じて桑田となる」という圧倒的なダイナミズムはない。われらの無常は落ちる花の無情であり、きょうあった人がもう明日はない無常である。「国やぶれて山河あり、城春にして草木深し」とは杜甫の唱したところであるが、芭蕉はこれを「国やぶれて山河あり、城春にして草あおみたり」とした。ここにおいて、日本の歳月のスパンはせいぜい草が青々と伸びる程度であって、木々が生い茂るまではゆかぬということが合点される。つまりそういうことなのである。われらの思想は若いのだ。 だが若いというのは、ひとつの性質であって、単に歳月が浅いということではない。われらの文化はあるいは童子の文化である。少年の文化である。これはアニメーションという表現形式が愛されている理由のひとつでもあろう。アニメーションにおいては、キャラクターは簡略化され、歳月や想念のいやおうなくまた取り返しのつかない足跡は残されないのである。 日本の詩人は何をうたったか。残念ながらわたしの知識は多くない。近代の詩人の幾人かを除けば和歌をいくらか、俳句をいくらかであってそれも有名なものにとどまる。しかしこの三十一文字、十七文字の文化がいかに特異なものかはわかる。われらは木漏れ日に魅せられる童子のように語ってきたのである。われらの言うべきはただそれだけの言葉に尽くされてきたのである。またそのようなはかなくも哀れなものが嗜好せられてきたのである。ならばわれらの思いがどこにあったかは自明である。われらの思想は若く、みずみずしく、瞬間の美に心をよせ、本質においては童子である。日本における小説などというものは、これは駄々に長い俳句に過ぎない。 日本は12歳の童子である。これはGHQの政策などとはおそらく関わりのないところでおそらくはそうなのである。われらはいま、苦労してとしを取ろうとしているが、これはおそらく徒労に終わる。八百比丘尼のような若さはわれらの業病であり、しかも恩寵なのだ。 -
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