終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2005年10月16日(日)

 乾いた死の地表を這うのは巻き上げられた塵だ。黒に近い灰色の地面の上を、銀色の小さな龍のように走って行く。顔に目に耳に入り込もうとする粉塵を避けてマルチェロは頭巾を被り、顔を覆った。それでも塵は睫毛を縁取り、手にも口にも胸のうちにさえ入り込んでくるのだが。
「そこにいらっしゃいますか」
 マルチェロは囁いた。それはほとんど無意識に近く発せられ、呼びかけよりも内省のための契機に近かった。そうだ、もうながいあいだ、彼の言葉は会話や対話のための手段ではなく内省の手法であった。彼は久しく他人にも運命にもましてや神にも何かを求めるということがなかったのだ。
「いらっしゃいるのでしょう、主よ。あなたは地に遍くみそなわす」
 だがマルチェロは、確かにこのとき広漠たる地表を見渡していたのだし、その手を慈雨を乞うよう天に向かって広げていた。
「私はここに来ております。この身は荒野にさ迷い出で、この心は人の世を遠く離れました。主よ、私はここに来ております」
 言葉はやがて叫びだった。マルチェロはほとんど意識することさえなかったが、それは幼時、主日ごとに合唱歌として口にした詩句に類似していた。その詩句はこう続くのだった。

 私はここに来ております、御前に
 あなただけを頼みとして
 まことにあなたは雲を拓き
 風をもって私を導いてくださる方

 だがマルチェロは歌いはしなかった。言葉はむなしく荒野に消えた。乞うていた手は垂れ下がり、目は閉じた。塵混じりの強い風が頭巾を吹き飛ばしてその顔にまともに吹き付け、涙の落ちる道ばかり、黒ずんで跡になった。
「ここに来ております」
 マルチェロは呟いた。地にマンナは降りはせず、神は黙し応えなかった。マルチェロは苦く思う。あの清い魂が失われた夜にもそうであった。天使の軍団も、いや一人の天使も、あるいは一条の光すら使わされなかった。だがそうだったのだろうか? 本当にあれは破局だったのか?
 神のご意志を誰が知ろう、と、オディロが言ったことがある。人の世の理で判じてはならない。ただ歩み、ただ頭を下げよ、我が子よと。
「だが、だがどのような御心だとおおせられますか。どのような御心ならではあなたを見殺しにされ、私の母をあんなに救いもなく死なせたもうたと。慈悲と正義をむねとされるなら…!」
 たとえばおまえが幼子のうちに天に召されたなら、と、オディロが言ったことがある。そうすればおまえは苦難を知ることもなく安らかであったかもしれぬ。だがおまえはそれを選べたとしても望まなかったよ。なぜならおまえは、それに続く母上の苦しみを孤独でさらに救いのないものにはしたくないと思うじゃろう? そういうことなのだ。そういうことなのだよ、マルチェロ。だがおまえは思い悩んでもよいのじゃ。心に苦しみを抱き、疑い、悲しみ、叫ぶがよい。だがわしは言っておく。すべて起きねばならぬことは起き、しかし、しまいにはすべてが良くなるのじゃ。
「……」
 オディロの明るい信仰はマルチェロを獣のように吼えさせた。風はその叫びをも引っさらって行って、岩場に撒き散らして幾重にもこだまさせた。嵐は走り、砂は突き刺さるようで、マルチェロはそうして、ながいあいだ動かなかった。


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