終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2005年10月02日(日)

「ワタリガラスの謎」(バーンド・ハインリッチ著、どうぶつ社)
まだ半分しか読んでないけど、面白い!
何が“わからな”くて、それをどうやれば明らかにできるのかという、
非常にわかりやすくて推理と観察とその落とし穴までもが
わくわくするような実録筆致で書かれている。

学校の理科・社会では、事実やもっともらしい仮説は習っても、
それがどのようにして掘り出されてきたのかという、
思考と論理と実践の知的冒険の興奮までは教わらない。
しかし、それこそが本当に学ぶべきことだと思うのだ。

というわけで、この本は、面白い。
中学校の指定図書とかにすればいいのになあ。
それにしても、学校は、習うべきことは何一つ教えてくれない場所だった。

たとえば平均率が、一定範囲の音程を均等に分割した音の認識法だとか、
それ以外にもたくさんの認識法があるのだということ。
そんなのは教えてくれずにただ「ドレミ」ばっかり。
それでは知的な好奇心も感じられない。
私のような人間は、知的愛着をもてないものを続けられないのに。


ああ、こんなふうに、きっと、たくさんのものを取り落としてきた!
なんてもったいないんだ!


唯一の救いは、遅すぎるということがないということだけだ。
世界は年ごとに美しく、興味深く、イマジネーションに富んでゆく。
年を拾えるのは幸福なことだ。
この幸福に耐えられる強さが必要とされる。



それで、「マタイ受難曲」ですよ。(まだ続いているようだ)
ペテロに明らかに見られる「天国への音階」に対し、
ユダにおいてはより人間的で陰影に富む表現がなされている。
これはどういうことか。図書館に行く暇を誰かくれ!!!!


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