終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2005年03月03日(木)

 夢の中で。暗い夢の中で。
 棺は全方位に列なして並び、その果ては闇に消えている。罪はかくのごとく前に置かれた。
 夢に確たる文字があるわけではない。だが棺のひとつひとつには名前が打ち付けられ、人生からちぎりとられた人間のあったことを告げる。半ばで絶たれた喜びあるいは悲しみ。では告訴人として断罪するのはそれらすべてのありえたかもしれぬものどもだ。そうだ、母もこのようにして死んだとマルチェロは考える。オディロ院長も。奪われちぎり取られ、死んだ。己がその死を悲しんだように悲しんだものが幾人いたか。では残されたものたちもまた告訴人として法廷に立つのか。己が裁き手であれば火刑か磔刑を言い渡すだろうと考える。
 マルチェロは静かに歩き始めた。棺並ぶ暗がりは柱もなく壁もなく、ただ寒々しく広がってゆく。腰に下げる剣も常に身に帯びていた金の飾り環も地位を示す指輪もない。廃された王のごとく粗い麻の衣を着て歩む。歩むうちにふと胸苦しい爽快感に駆られた。
 ――思えばすべての日々は夜だった、すべての季節は冬だった。
 だが朝を望んだことも、春を願ったこともない。営々と積み重ねてきた願いが崩れ果てた今更、願うはずもない。冷徹な足と頭が望むのは、いかなる慈悲も請わず受けぬと遠い昔に決めたとおりに死ぬことだけだ。生きてきたように死ぬことを。絶壁の果てまで歩むことを。つまりそれが、すべてが過ちであった証左に他ならない。
 母のいまわの言葉は己の幸福を願うものだった。オディロ院長はこの額に祝福を与えた。だが当の本人は生に背いて過ぎ去ることのみを願っている。失敗したのは誰なのですか、と、マルチェロは記憶の中の二人に尋ね、死者は黙して応えない。
 夢のうちにいつしか棺の列さえ失われ、影は目の当たりに広大に沈む。かつて朝を知らぬ永劫のひとつ夜、目覚めぬ眠りさながら暗たんとして。あるいはすでに死に、ここは果てなき地獄のうちのどこかだというのかとさえ疑われた。だがマルチェロはいぶかった。膨大な虚無の奥底から、聞こえてくるものがある。音か、声か。聞き入った耳に。

  目覚めよ、夜の闇は去り行かんとす。
  見よ、力強き方の御威稜は天に示されぬ。

  地平を破れるは曙光ぞ。見よ燦爛と露は輝く。
  これぞ奇跡ならんや。夜は今ぞ明くる。

  新たなる朝ぞ、喜びに満ちて祈れ。
  太陽は今し楽の音のごとく新たに生まれ出でり。

 声は最初は闇に呑まれるほどにかすかで弱々しかったが、耳を傾けるうちにいよいよ力を得て音楽性を増し、最後のくだりは天使の群れの合唱のごとく天地を震わせた。美しい歌だとマルチェロは思った。そうだ、マイエラの朝ごとにこの歌が歌われ、昇る太陽に飾り窓のひとつひとつから色彩鮮やかな光が奔騰しつつ堂宇を満たしゆくさまは、院長席の横からよく見えたものだ。新しい孤児が入り、己が騎士団の見習いとなったためにその場所を長くは占めはしなかったとはいえ、どうしてあれほどの美しさを忘れていられたのか。
 凍えた手が温められて血の通うよう、多くの美しいものの幻がふいにマルチェロの心に立ち戻ってきた。多くの朝が、また春が。母がふたたび笑顔と若さを得て初夏の庭に立ち、高い声で呼ぶ声さえ聞こえた。マルチェロはわずかに笑い、それからあらためて母を悼み、オディロを悼んだ。
 マルチェロは気づいた。闇は薄れ、今や明けつつある。見上げれば天空は薄青い色をしている。これは犯した罪の色だ、と、マルチェロは思った。




諸般の事情によりHPがなくなりました。
すべて私が悪いんです。
緊急避難先は下の通り。

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