- 2002年05月19日(日) 今日(20日)は、休日。 じつに3週間ぶりである(……) しかし昨日一昨日は36時間労働だったから、 まあ、いいんじゃないかと。 書くといって書いていない、砂漠のメモなど。 1: 砂丘の上にいる。 この砂の連なりには果てがないのか。 妙に清潔そうなハエばかりが私の連れだ。 砂は乾いている。 雲ばかり白で掃いたよう、暗いほどに蒼い空にある。 砂は生物のようだ。 その谷間にベルベルが黒いテントを張っている。 カメラを持ってこなかったのは残念だが、 カメラを持っていてはこんな高い丘(そう、ここは高い)まで 上ってはこれなかった。 ああ、砂は風に動かされ、やわらかな風紋に直される。 私の乱した足跡は、それに比してひどく拙い。 砂の色は区分けを受けることなく灰より赤褐色へと変容している。 ここは読みなおしも蓄積も許されない世界だけがある。 2: ああ、私の足音は何に似ていただろうか。 この静けさの中で。 私はこの足音、この静けさを知ってはいなかっただろうか。 私はかつてこの地を踏まなかっただろうか。 3: 砂漠の真中にいる。 灯りは蝋燭だ。 星は天の火明かり、どうしてこうも無数に輝き、そして止まない。 闇の深さまた暗さ、音はない。 ただ東南からの風と反芻する駱駝の億尾。 耳鳴りさえ聞こえ。 この深い原初の沈黙と闇こそが、 数多の歌と一切のものの源泉ではなかったろうか。 4: そして何かをほんとうに自分の経験とするには、 それを経験する以上のものがいる。 だがこの静けさの中で、 私は真に孤独であるだろうか? 特別な経験とは常に、自ら了解するのに思考以上の、 また駱駝のごとく反芻する以上のことを求めないのではあるまいか。 分かち合うことが必要とされるのは、常に日常と、 また「分け合いうる」ものだけではあるまいか。 ほんとうに大切なときは、 いつでも、私は孤独なのではあるまいか。 -
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