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■ 幸福、誰かの。
結婚後二年、子どもが欲しいと願っていた友人に、ちいさな命が授かったということを知り、心からうれしく思いました。 ほんとうに、幸せなのだと。
自分はここジンバブエで、胸がぎゅうっと掴まれる気持ちになりました。 すごく痛くて、涙がこぼれそうでした。 他人の幸せに戸惑い、どうしようもなく重みを身体に感じながら。
あるひとが、人生におけるセカンドベストという選択肢もあるということで、それでも、キャリアを選ぶということを書いていました。 不安、孤独。いろいろあります。
いま、自分の仕事がいちばんたいせつなのかもしれません。 やっと得られた自分の場所であり、何年も経てやっと踏み出した大切な一歩です。理解されないこと、理不尽なことはしょっちゅうですが、ジンバブエにいることが楽しくてしかたなく、この場所、つまりこの職場・国にいるということに何の疑問も矛盾も感じません。 疑問と矛盾だらけで苦しかったいままでには、なかったことなのです。 やっと、自分の生き方に合致する場所にくるというところまでこぎつけた。 そして、この仕事をすることが、楽しくて仕方がありません。休日まで出勤して作業しているくらいです。 仕事と好きなことの区別が、ほとんどつかないのです。だから夢中でやる。
強くなりました。 いろんなことがあって。
でもそのぶん、ひとを傷つけます。 そして自分もたくさん傷を受けて、血を流しながら、それでもディープブルーの深い海を静かに確実に泳いでいくのです。 自分の、自分だけの目的のために。
わたしは、わがままなのでしょう。 たくさんの人に思われ、支えられ、それでも彼らを傷つけ、他人を傷つけ、そして自分は自分の人生を踏み固めていく。絶対にあきらめることなく。
生への執着心は強く、しぶとく、地を這ってでもひとりで生きていくとすら思っている。そんな頑固で自己中心的な人間なのです。 こうしてわたしは生きてきたし、それは変えられるものではないと思う。そして、誰にも踏み込まれたくない。だからひとりでいたい。
誰かの幸せが、自分の幸せだったらいいのにと願うことがなくはありませんが、心のなかで、ああ、これは誰かの人生なんだからよかった、自分がこの道を選択したのではないと、どこか安堵している自分がいるのです。 重たく傷つきながら。一方で、アフリカにいるということで充足している自分の精神状態を知りながら。
こうして、大切なあのひとの気持ちも傷つけている。 でも、そこに人生の解答はないのです。わたしは、わたしの道を行くだけです。
「風に立つライオン」という曲を聴いて涙をこぼしたことがありましたが、そんなに格好の良いものではなく、わたしはひとに優しくもありません。
でも、うれしいのです。 友人に、幸せが来たことが。 そして、やさしい気持ちで、心からおめでとうと言える。
わたしは、そのような幸福と同質の幸せから、とても違ったところにいますが。
2006年07月29日(土)
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