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■ 通り過ぎる、過去未来。
ものを書いているとき、苦しい。 でも、苦しいなかでどこか危うい快感を覚えている。
自分は物書きなのだけれども、しかしながら、ただ「物書き」というだけではまた済まされないような、なんとなくしっくりこない感覚を抱いたまま、アフリカにかかわり何年も過ごしてしまった。
基本的に研究者であり、物書きであり、それから実務者でもありたく、NGOにも一般企業にも官公庁にも、それなりにかかわっていようと思うし、それだけの容量を捌くだけの素質は少しずつはあると思う。 でも、ただひたすら書く。
本日、サザをビーフシチュウで食す。 かなり満腹。体重が10kgは増えたような気がする昼食だった。
赤いRAV4にガソリンをいれ、久々にタンクが満タンになる。リッター売りしているガソリンは、なかなか満タンまで入れる機会がない。ブラックマーケットで一生懸命ガソリンを入手している一般市民を尻目に、わたしはわたしに与えられるべきであったかどうかさえわからない恩恵を、いまここで受けている。 ジンバブエは、相変わらずガソリンが死ぬほど不足。その現状をわかっちょるのかボケ!と誰に対してともなく心の中で毒づく。自分に対してか。
どうあったって、わたしは今、ここから抜け出せない。 でも、少なくとも抜け出せない自分のことを知っている。それに気づいて、こころがしんと冷ややかになって、客観的に自分をみつめる自分がいる。
ティファニーでも何でも、指輪が欲しいと思うこともある。 安心感、束縛、現実、幸福という名の平穏な日々。そこへ落ち着くことができたら、わたしの生き方は変わるのか。 しかしそれは、向田邦子の言う、生け花をするときに「枝を矯める」という行為である可能性が高いことは明らか。そして、そのような場合は、わたしの人生はどうなってしまうのだろう。この、射手座のB型丸出しのひとつところにとどまれない生き方は。
でもほんとうは、わたしの求めているものはティファニーなんかじゃない。 ほんとうのところを知るために、わたしは手探りでものを書く。
恋愛もするし、キャリアも求める。おいしいものも、食べる。しっかりと。もっともっと、満たされない満足を求めて。
2006年01月16日(月)
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