あふりかくじらノート
あふりかくじら



 コミュニティと学問的世界の狭間で。

ほんとうはわたしとして何をすべきなのか
ふと立ち止まり、迷う。
市民社会って、何なのだろう。
わたしはこのような活動をして、結局自分として
何を得ようと言うのだろう。

わかっている。
ほんとうにやりたいことは何か。
でも、ここにきて迷うというのは、
色々なことが重なり参ってしまっているのも
十二分に承知してはいるが、もっとも大きな理由は
わたしの未熟さであり心の弱さだ。

わたしは数年越しのごまかしをしようとしている。
そういう風にすら思えてきてしまう。

ポストコロニアル状況を越えて、コミュニティの挑戦。
今日は、その話を聴いた。

そう。開発の世界はなんだかんだいっても「プラクティカル」だ。
(そして報告書を書くことが??)
しかし、生きていく上で人間の世界の話をはずすことは
やっぱりどうしてもできない。

今日の話は、高度なアカデミズムだった。

学問的に過ぎるのは疑問だ。
でも、ある域を超えた知識の集積は、やがて生命を持ち、
そして始めて意味を成す。
はっきりとその感触がわかる。

死んでしまった学問などいらない。
それをわたしは、ことばではなく、血であり肉である
生命としたいのである。
そういう苦しくて仕方のないところに、わたしはいる。

未知なる大きな物の姿を思い描き、恐怖する。
でも突き進むのみなのである。

ベッシー・ヘッド。
コミュニティの話は、まさにあなたの人生だった。
そして、あなたの見たボツワナとその歴史でもあった。
セロウェ村の風景だった。人々だった。

ああ、あなたが今日、あの教室にいたら
いったい何と言っただろう。
ポストコロニアルのコミュニティに、何を見ていた?
わたしは、どうすればよかったの?
すっかりわからなくなってしまった。

学問的世界と現実世界の狭間。
どうしても、ひとつの世界におさまることができない。
それは苦しいけど、目をそらすことができない。

彼女の小説には、何が書いてあったんだろう。
わたしが訳す、あの小説には。


2005年03月27日(日)
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