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■ 『優しい時間』がほしくて。
実家に戻り、また母と暮らすようになってから すでに数年が経ってしまった。
母は、少し歳をとった。 わたしだってもちろん、歳をとった。 もう、三十路に手が届きそうなところにいる。
しかし、たとえば街で若い母親と赤ん坊をみかけると、 いくらその若い女性がわたしよりも年若だったとしても、 母は必ず、女性ではなく赤ん坊のほうをわたしと同列に見た。
テレビドラマを見るたび、 「いつか(結婚する)本物のひとに出会えるからね」と 白馬の王子様思想を親身になってわたしに言った。
わたしには子どもはいないが、母親というものにとって 子どもはいつまでも小さな子どもなのだろうか。
小学生の頃、お友だちが遊びに来たときにわたしが お茶を淹れたりすると、必ずお友だちの目の前で 「あら、珍しい。そんなの初めてじゃないの」 ということを言った。 もちろんわたしのプライドや面子は子供心にずたずただ。 わたしが27歳ごろに知人を自宅に招いたときも、 同じことを目の前で言われた。 いつまでたっても、わたしはお茶を淹れるのが初めてなのである。
年を経るにつれ、母は以前にも増してこういう態度を とることが増えてきた。 年齢によるものもあるのだろう。 それはわたしをいつも哀しくさせる。
そしてやっぱり、心が乱されるのは、 わたしの中に自分の生き方に対する焦燥感や不満や 色んなものが鬱積しているからなのだろう。 それがよくわかっているから、年とともに、 わたしのなかにも、そんな母との関係が辛くなる部分がある。 周囲は結婚し子どもができたりし、わたしは大学院など出て 会社勤めはせずに何やらまだまだあれこれやっている。
兄弟の一番上であるわたしはいつも、この家で昔から 新しいものを開拓してきた。そして親と対立してきた。 大学一年生の頃、友だちの下宿にみんなで泊まろうとしたとき、 「お友だちの親はそんなことのために娘さんに 一人暮らしをさせたのではない」と電話口で大騒ぎをし、 わたしだけ無理やりひとり家に帰された。 皆の前で恥をかき、皆の雰囲気は一気に最悪になった。 でも、いまでは弟が何日帰って来なかろうがひとことも言わない。
二十歳になる直前、わたしは一人暮らしを始めた。 数年間離れて暮らすと、ずいぶん母親との関係も良くなった。 ほとんど会わなくなることにより、家族と付き合いやすくなった。
でも実家に戻ってしばらく経つと、また同じ状況に戻ってしまった。
結婚と言う形を取れば、これも落ち着くのかもしれない。 でも、母親は白馬の王子様的なものを信じているから、 結婚をしていないわたしの恋愛は彼女にとって 「本物」ではない。
わたしの恋愛の延長線上に結婚が無かったとしても、 本物でない恋愛だなどと、誰が言えるだろう。 もちろん、母に話をするわけではないけれど、 話したとしてもやっぱり 「いつか本物にきっと会えるからね」になるだろう。
恋愛や結婚の形は人間の数だけある。 わたしの恋愛は、結婚というわかりやすい形態を とってはいないし、その予定もまずない。 そして、こういう形を望んでいたからこうしているわけでは もちろんない。
わたしはいま、過去のように無理やり「結婚」という型に 自分を当て込もうとしなくなってから、 人生がもっと孤独になった代わり、辛いことも増えた代わり、 生き易くなった。
ただ一つ言えることは、母親でも他人だということ。 だからこういうことが分かり合えるとは思わない。 でも、その分、わたしの個人的な人生と関係付けることなく、 母を大切にしていきたいのである。
『優しい時間』のように、 自分と向き合うやさしいときが欲しいと切に願う。
2005年03月25日(金)
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