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Montgomery Book

第3章 (9) ジュエリィ
 先祖から受け継いできた宝石、恋人から贈られた宝石。その人の一部になるようなジュエリィは、単なる装飾品ではない。時を経ても色あせずに輝く宝石は、永遠性の象徴でもあり、女性としての自信や誇りをバックアップしてくれるお守りでもある。モードもまた、そうした宝石に特別の想いがあったようだ。

 「赤毛のアン」には有名な事件がいくつもちりばめられているが、なかでも「紫水晶のブローチ盗難事件」は、他の事件とは異なる重さを持つようだ。マリラの亡き母の髪が入っている紫水晶のブローチを見せてもらったアンは、かつてダイヤモンドを美しい紫色だと想像していて、実際のダイヤが透明だったので失望したと話す。アンが想像していたダイヤは、まさに紫水晶の姿だったのだ。うっとりして「紫水晶はおとなしいすみれたちの魂」とまでいうアン。

 やがてブローチがなくなり、アンは最後にさわったことを認めたため、マリラから、自分のしたことを告白しないと日曜学校のピクニックに行かせないと言われる。ピクニックに行くため、ついに盗って池の底に沈めたと嘘の告白までするアンだが、逆上したマリラはピクニックどころではないと突っぱねる。やがてマリラはひょんなことから、黒いレースのショールにからまっていたブローチを部屋で発見する。マリラはすぐさま悲嘆にくれていたアンにあやまり、アンは揚々とピクニックに出かけるのだが、このエピソードはおそろしい暗示も持っている。もしマリラが公正にあやまらなければ、この事件は非常に後味の悪いものになったにちがいないし、宝石そのものも穢れてしまう。アンが謝罪を受け入れなかった場合も同じだろう。

 アンがギルバートにもらったピンクのエナメルのハートも、忘れがたい。レドモンドの大学生だったころ、まだ付き合っていたわけでもないが、アンを崇拝していたギルバートに"友人として"もらったもの。

その夜、文学部の卒業生たちは卒業祝いのダンスをもよおした。アンは身支度をおわると、いつもつけている真珠の首飾りを押しやり、クリスマスの日にグリーン・ゲイブルスに届いた小さな箱をトランクから取り出した。それは糸のような金鎖に小さなピンクのエナメルのハートがペンダントとしてついていた。添えてあるカードには、「幸福を祈る。昔友達のギルバートより」と記してあった。アンは、ギルバートがアンのことを「にんじん」と呼び、ピンクのハート型をしたキャンデーで仲直りをしようとして失敗した、あの致命的な日の思い出を、このエナメルのハートに呼びおこされ、笑いながらギルバートに愛想のよい礼状を書き送った。

「アンの愛情」

 「アンの幸福」では、アンが指に真珠のエンゲージリングをはめているので、下宿先の気の良い老婦人たちも興味を隠せない。彼がアンにプロポーズをしたのは「アンの愛情」の最後の場面で、舞台はアヴォンリーの人々に忘れ去られた、過去の美しい住人の記憶に今も息づくようなヘスター・グレイの庭。ただし、このときにはまだ指輪は用意していないので(彼にしてみれば、そこまでの展開は期待していなかったから)、いつどんな風に指輪をもらったのかはわからない。ただ、25歳で結婚を明日に控えたアンが、そのエンゲージリングをはめている描写が「アンの夢の家」にある。

アンのエンゲージ・リングは真珠をぐるっとちりばめたものだった。アンはダイヤモンドを身につけるのを断ったのだった。
(※その理由として、紫水晶のエピソードが回想される)

 真珠は涙をイメージするといってギルバートは反対したが、アンは、悲しみだけでなく喜びの涙もあるのだから、と真珠を望む。喜びと一緒に悲しみもよろこんで受けると宣言するのだった。

 時は過ぎ、8歳のジェムが母アンの誕生日に贈った真珠のネックレス。お小遣いをためてやっと買った、50セントのガラス製イミテーションだったが、ジェムは偽ものと知るよしもなく、後から気付き、母をだましてしまったと意気消沈する。アンはジェムをやさしくなぐさめ、もちろんあれがイミテーションだと知っていたし、他のどんな高価な宝石ともとりかえようなどと思わないほど大切に思っているのだと賢く告げる。ピンクのエナメルのハートは、このガラス玉が割れた後もまだ、アンの宝石箱に残っていたと記されている(「炉辺荘のアン」)。

 エミリーにもいくつかのジュエリィが登場する。アンの現実的なジュエリィと比べると、芸術家らしい、ロマンティックなドラマを秘めた宝石が。やはり筆頭は、マレー一族伝承の宝石、「失われたダイヤモンド」だろう。このダイヤは、50年前にエドワード・マレーの妻、ミリアムがキングスポートからニュー・ムーンを訪れた時、夏の家で落としてしまい、その後不思議なことにどうしても探し出せなかったというもの。当時200ポンドもしたという豪華なダイヤの指輪である。

 その「失われたダイヤモンド」を、エミリーは「失望の家」と名づけていた夏の家の玄関前で、絶妙のタイミングでもって発見する。この指輪はその後、発見者であるエミリーのものに─ニュー・ムーン農場へ来たばかりの頃、その伝説を聞いたときからずっと、いつか探し出すと決意していたエミリーのものに─なったのだった。

 もうひとつ、エミリーのジュエリィで異彩を放つ存在がある。なんと、数千年前のエジプト第十九王朝の王女のミイラから取ったという、金のネックレス。これはエジプトに旅行していたディーンから届いたクリスマスプレゼント。「何世紀もの愛がこもった護符」とディーンはこれを呼ぶ。

「王女の名前はメナといい、『心やさしき人』だったと碑銘に書いてあります。…(略)…これは愛の贈物だったにちがいないと僕は思うのです。そうでなかったらいままで王女の胸におかれてあるはずはないではありませんか。王女自身の希望だったにそういありません。ほかの者なら王の娘の首にはもっとりっぱな物を飾ったでしょうから」

ディーン・プリーストの手紙/「エミリーはのぼる」

 エミリーはこれに惹きつけられながらもネックレスを失った王女の魂の平安を心配する。モードはエミリーがこれをつけてダンスパーティーに行ったその結果、親友イルゼとの深刻な争いにつながってゆくようにほのめかしている。

 数ある創作のなかには、本当に高価なジュエリィというのは、めったに出てこない。逸話や歴史や傷ひとつなく、それを持った女性がゼロから思い出を共有していけるジュエリィは。そんな宝石のひとつが、「青い城」でクリスマスにバーニイがヴァランシーに贈った真珠のネックレス。ヴァランシーはせいぜい15ドルのイミテーション程度に考えていたが、それでも貧乏な(はずの)バーニーにずいぶん無理をさせたと思っていた。実際はトロントの有名な宝石店で求めた1万5千ドルの真珠だったのに。モードのヒロインのなかで最も高価な贈りものをもらったのは、ヴァランシー・スターリングだろう。

 現実の世界で、モードが持っていたジュエリィにはどんなエピソードがあるだろうか?細い金色の指輪の物語は、若さの、甘くせつない香りに満ちている。この日記を書いたとき、モードはエド・シンプソンと不安な婚約(後に解消)をしたばかりだった。

 モードが12歳のとき、アニーおばさんがくれた、金のシンプルな指輪。モードはそれをずっと指にはめていた。15歳〜16歳にかけて、本土のプリンス・アルバートで新居を構えた父のもとに滞在したモードは、ウィル・プリチャードという男の子と仲良しになる。まだ恋愛感情はなく、友情をこめて、モードは島に帰るとき、ウィルにその金の指輪をあげたのだった。「同志的な愛情」と日記に記している。逆に、ウィルにとってモードは、ふざけ合いながらも、憧れの女性だった(彼は10年後に開くと約束した手紙で、告白している)。しかし、ウィルは若くして病死する。

その手紙を開けると、ほとんど糸のようにすり減った小さな金色の指輪をくるんだ小さな包みが出てきた──六年前ウィルにあげた指輪で、亡くなる日まで彼がずっと身につけていたもの。もう一度指輪をはめてみた。…(略)…それは私と私の 失われた自己、現在と過去とをつなぐ黄金の鎖のように思えた。かわいそうな小さな指輪!

あの懐かしい日々の思い出に、この指輪をいつもはめていよう。この輪は、永遠の生命と友情の象徴。かならずきっと、この地上でたがいに愛情をもってよく知り合っていた者は、どこか美しい来世で再会するだろう。

「モンゴメリ日記(3)愛、その光と影」1897年10月7日

参考文献
2001年10月20日(土)


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