# 熱風
2003年01月30日(木)
「うわああああっ遅刻だぁぁぁっっ」
目覚し時計を掴んだまま、がたがたと椅子を倒しつつキッチンに駆け込んだ。
すばやくトースターに食パンを放り込む。
だかだかっと部屋を忙しなく走り回りながら、持っていた目覚し時計をソファーに放り投げた。
「なんで今日に限って電池が切れてんだよぉぉっ。ったくもおおっっ」
冗談じゃないっと更に怒鳴って、タンスを引っかき回してTシャツとジーンズを取り出す。
チン、とトースターが音を立て、朝食の出来上がりを知らせた。
Tシャツを着つつ、こんがりと――焼け過ぎた茶色いトーストに、母の手作りのレモンママレードをばばっと塗ってかぶりついた。
先に出掛けた母が気を利かせたのか、それとも単に消し忘れたのか、扇風機が静かに回っている。
冷蔵庫を開けると、飲み物といったら牛乳しかない。
牛乳はあまり好きな方ではなかったが、仕方なくそれをコップになみなみと注いで、パンと一緒に無理矢理流し込む。
最後のトーストの欠片を口に放り込むと同時に立ち上がり、水道の蛇口を捻る。
勢いよく水が飛び出した。
タオルで顔を拭きながら、机の上に散らばったままの五線紙をかき集めて、スティックと一緒にリュックに突っ込んだ。
そして、コンポに入っていたMDをウォークマンに入れてヘッドホンをつけた。リュックを背負う。
「いってきますっっ!」


ギラギラの太陽。青空。真夏の空気。本日は超晴天なり。
少年は大きく息を吸い込んだ。
「まずい、時間がないんだっけ!」
駆け出す。
ウォークマンからは、少年の大好きなあの曲のドラムが怒涛の如きビートをはじき出していた。


スタジオのドアをがちゃっと開ける瞬間、爆弾みたいに強烈なギターの音が溢れ出してきた。
それに張り合うくらいの、負けてないベースと。
(こんなすごい音ぶちかますしさぁっ。負けてらんねェよなぁっ)
あの音の中に自分がいなくちゃ意味がない。ただのタイコ叩きじゃないんだから。
このバンドに自分の音が存在しなきゃ嘘だ。
「ごめんっっ! 寝坊したっ」
マイクスタンドを掴んでいたが宮沢が、バッと振り向く。
「きくちぃぃぃぃぃぃっっっ!!」
「わぁぁぁっっごめんなさいっっっ」
つかつかと少年――宮沢が近付いてきて襟首を掴もうとした。
菊地少年は逃れようとしゃがみ込む。
「おっせーよ、お前! 九時集合っつったろーがぁっ」
「だぁからっごめんってばっ!」
菊地は手を合わせて、許してくださいっと懸命に許しを請う。
宮沢の後ろから、ケタケタと笑う声がする。ギターの瀧だった。
「いいじゃん、こいつの遅刻は今に始まったわけじゃないし。いいから早く練習始めようぜ」
呆れた声でベースの飯田が云うと、にやにやしたまま瀧もそうそうと頷いて、
「菊地ちゃんは朝寝坊の達人だもんなーっ。今日はどんな理由があったんですかァ? 楽しい夢でも見てたのかなーーァ?んんー?」
酔っ払いのような口調で――彼は日頃からこんな感じである――云った。
「それがっ、あのっ・・・時計がさ、目覚し時計の電池が切れてて鳴らなくてさ。う、嘘じゃねぇぞっ。ホントだからなっっ」
顔を真っ赤にして力説する菊地を見て、また瀧がげらげらと笑い出した。
飯田はますます呆れた顔をする。
「わかったって。そう興奮すんなよ。稔、もういいだろ、許してやれよ」
飯田が宮沢に向かって云う。
「ほんと、すんませんでしたっ」
菊地はぺこりと頭を下げて謝る。
宮沢はうーっと唸ってから一つ溜め息をついて、
「しかたねーなー、次はぜってー許さねぇからなぁ」
口調の割には優しげに、宮沢は彼の頭一つ分位低い菊地の頭を、ぐしゃぐしゃと撫で回してから、ぽんと一つ叩いた。
「へ?」
菊地がきょとんとしていると、飯田が早く支度しろよと声を掛けてきた。
意外だったのである。こっぴどく怒られるのを覚悟していたのに。
この前の練習日に瀧が遅れてきたときの宮沢の怒り様は忘れていない。
さすがに貴重な練習時間を割いてまで説教をするまでには至らなかったが、結局宮沢の機嫌は始終すこぶる悪かった。もし飯田と菊地が止めに入っていなかったら、“殴りあい”込みの大喧嘩に発展していた、と断言できるほどの迫力だったのである。
確かに、反省の様子もなかった上、その遅れた理由が女絡みだっただけに、宮沢が怒るのもわからないではないのだが。
菊地は今までに何度か遅刻をしてきたが、多少の説教はされても、こっぴどく叱られたことは一度もなかった。必ずといっていいほど飯田が止めに入ったし、宮沢もそれ以上そのことを引きずることもなかった。
(オレが年下だから甘くしてくれてんのかな)
実際に菊地は彼らより二つ下で、学校では後輩である。タメ口をきいてはいても、所詮は年下のガキ扱いということか。
しかし。
(オンガクやってるんだから、俺等は。最後にものを云うのは音なんだし)
彼らは音楽に妥協はしない。年下だから、なんて甘やかしたりはしない。オンガクだから。
菊地はスタジオに設置されているドラムセットの椅子の高さがちょうどいいのを確認して椅子に座る。
それからハイハットとバスドラのペダル、スネアの角度をきっちりいつものように合わせた。
自分のリュックから、スティックと今度から新しくやるオリジナル曲の楽譜のコピーを出して、足慣らしにバスドラを鳴らしながら楽譜をぺらぺらとめくる。

(こいつらやっぱすげーけど。なんで俺がココに居るってそれは)
(こいつらの音には俺の音が必要だから)

傲慢で自信過剰かもしれないけど。
大好きなことを自分が思った通りにやりたい。たったそれだけのことだけど。

(俺のドラムがこいつらの音を欲しがってるから)

菊地は、部屋の隅で楽譜とにらめっこしている宮沢に、O.K.サインを出す。
宮沢は立ち上がって、マイクスタンドの位置まで戻ってくる。
ソロパートの練習をしていた瀧は、飯田につつかれて手を止める。
「んじゃあ始めるか。いつもの曲からな」
それは、菊地の大好きな曲。さっきまでウォークマンでエンドレスで聴いていた、このバンドに入って初めて演り終えた曲。
「菊地、」
「うん、」
視線合わせて頷き、スティックをぎゅっと握り締める。
バスドラのペダルに合わせた足の、その爪先から全身にびりりと走る緊張。
張り詰めた空気。高ぶる鼓動。抑えられない欲求。
(こいつらの音が欲しいから…!)
菊地のカウント。1.2.3.

俺の一番の音、くれてやるッ!!

ど真ん中からスティックを振り下ろした。追ってくるのは、どォんッて爆弾みたいなとんでもない音。
熱風みたいな、音の嵐。


(チッキショ、負けねぇッ!!!)






発掘したのは大好きな某小説に影響されまくった、パクり小説のような代物だった……(笑)
でもイメージ曲はGLAYの『More than Love』。

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