オミズの花道
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『 京都男と泉州女 』
2004年05月26日(水)
今思い返してみると、私は昔から京都の男と相性が良い。
親友とも戦友とも呼べる男性が京都の男性だったりするし、別れた後にも良い意味で友人である過去の恋人も、これまた京都の男だ。
この二人は私にとって、『男女の友情なんて有り得るものだろうか?』という概念と、『男と女は別れた後も友人で居られるのだろうか?』という概念に明確な答えをくれた大切な存在だ。
私が女性である以上、彼等男性との距離感や関係の維持は大きな意味を持ち、この価値観を得るか得ないかでオンナ人生が左右されると言っていいように思う。
この二人の性格的な特徴の共通項は全く無い。むしろ対照的と言ってもいいから、何故私にとって良き存在で在り得るのか、付き合いは長いのだけれど未だに解らない。
ただ言えるのは彼等が実年齢よりずっと寛容で、言葉に敏感な種類の人種である事だ。
京都の人の発音は関西弁のそれとは異なる。
ひとつの例を挙げれば、『な(→)お(→)ちゃん』と平坦に呼ばれる全国と違い、京都の人間は『な(→)お(↑)ちゃん』、という風に私を呼ぶ。
これは聞いている、または呼ばれるこちらの拍子を抜き、短気な泉州育ちの私の出鼻を挫く事が多い。荒くたい言葉に囲まれて長い時間を過ごした私には、彼等の言葉は何だかほにょほにょと、またぷうわりとクッションを置かれたように感じてしまうのだ。
故に喧嘩になることが少なく、深いところまで話をしていくきっかけにはなる。
おまけに男の言語だから、言葉は京都人でも内容は単純で明快。これがどうも私のツボに入るというか、元来女の子同士のうじゃうじゃが苦手な私にはピッタリ合ったのだった。
彼等は彼等で私の『話の早い部分が楽』だと言うし、男同士のように領域を意識せずに済むから楽だとも言う。
その彼等の言い分には少し不自然さを感じ、何となく納得の行かないままだったのだが、昨日同じ京都人のお客様にその話をすると、鋭い答えが返ってきた。
『なおちゃん、その二人・・・・いいところのボンボンじゃないの?』
『はあ、まあそうですかね。一人は料理旅館の跡とりでもう一人は仏具屋です。』
『やっぱりねえ。』
『何なんですか????』
『お坊ちゃまであればあるほど、荒っぽい女性に憧れるのよ・・・・。』
なぁ〜ん〜だぁ〜とぉ〜〜〜ぅ?くぅおのぅやろぉぉぉ。泣かすよ?・・・・と言いながら妙に心の中では納得していた。
ああ、あれだわ。お嬢様が不良少年に憧れる・・・・とかの逆パターン。昔の少女漫画にあったわよねぇ。ああなるほど。あの二人はそれを私に言えなかったのね。ガサツで荒っぽいのが珍しくて楽しいんだ。だったら、それをちゃんと言えばいいのに。そういう柔らかいところが京都人ってやつなのかしらね?
・・・・などと納得していると、このお客様がゴメンゴメンと笑いながら続きを話し出した。
『うちの愛人も和歌山方面に近い大阪の出身やのよ。
これがもう気が強いったら。
海辺の荒っぽさっていうん?怒るとそりゃもう怖くて。
でもねえ、良く働くし面白いし付き合うには最高なんやけどね。』ですと。
私のお客様は良く躾けられている、と口の悪い同僚ホステスが言ったのだけれども、そうではなく不思議と優等生タイプが集まる。つまり最初から躾けのいい人ばかりなのだ。
自分では気が付かなかったがそういうタイプのお客様が集まるのも、ひょっとしたら上記のような理由からかもしれないなあと、ふと思う。
『・・・・路線を変えようかなぁ。』
と誰宛てなく呟くと、お客様のみならずホステス仲間からも、挙句の果てはママやチーママからも、『無理!』と突込みが入る。
・・・・。
・・・・。
もういいみたい。
今のままで。
深く考えないのも海辺育ちの特徴なのでした。
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