ケイケイの映画日記
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2026年07月16日(木) 「トロフィー」




私にとって、近くて遠い国である北朝鮮。北朝鮮系の在日を描く作品も数多く観てきましたが、ようやく納得できる作品に巡り会えました。珠玉の青春映画です。監督は孫明雅。

朝鮮学校に通い、部活で朝鮮舞踊に打ち込む14歳の在日のソヒ(恒那)。、日本の中学校との交流会で出会った日本人の未来(梨里花)とBTSの話題で意気投合し仲良くなります。以来、ソヒたちはBTSのライブチケット代を稼ぐために、家にある不用品をフリーマーケットサイトで売る。朝鮮学校の校長を務める父サンジュ(井浦新)がもっていた北朝鮮のCDが高く売れ、ソヒはサンジュが北朝鮮から授与された勲章も売ってしまいます。

私は今は帰化して日本人ですが、6年前までは生まれも育ちも日本の在日韓国人でした。韓国系の私からしたら、北朝鮮系の人たちは不思議だらけ。日本に住んでいて、北朝鮮の歪な体制や、ミサイルの蛮行など知っているのに、何故一心に「祖国」を崇めるのか。それを指摘するソヒに、父サンジュは「片方だけ鵜呑みにするな」と答えます。

でもそれこそ、朝鮮学校の教えは、一方的なんじゃないのかな?自宅に遊びにきた未来を父に紹介する時、ソヒは咄嗟に「在日なの」と言います。父がソヒと日本人が仲良くなることを嫌がるからです。でもここは日本。それは偏狭ではないですか?その事もソヒは疑問に思っている。

私は二世でソヒは四世。実に二世代を経て、ようやく同じような思いを抱いています。どうして同じ在日で、このような差が起こるのか?そこには、民族教育が介在しているからでしょう。しかし朝鮮学校は入学者不足で衰退の一途。うちの近所でも、小学校や中学校が、だいぶ以前に閉校になっています。

韓国食材を扱う店の店主(ソウジ・アライ)は言います。「日本で暮らす自分に、誇りを持つため」。言いたいことは解る。でもバックボーンがかの国です。何を誇りにするのでしょうか?その誇りでは日本では生きていけないから、衰退しているのじゃないの?

因みに私は、韓国を祖国だとも、在日で有る事に誇りを持った事はありません。ただ日本に生まれた在日韓国人である、それだけでした。学校は幼稚園から短大まで日本の学校だし、韓国人で有る事は、家庭の中で自然に理解しただけで、私の中で相反するものではなかったです。私は在日の自分が嫌いではなかった。北朝鮮の悪口を言い、親に反抗しながら、民族舞踊を一生懸命練習するソヒに、私は容易に自分を重ねられました。ソヒもまた、北朝鮮系の在日である自分を、嫌いではない。環境に抗いながら、自分の血は受け入れているのです。

ソヒと未来はお互いに交流しているうちに、未来は自覚しなかった差別、ソヒは自分に流れる血への実感を、それぞれ体感します。少女二人の素直な友情の育みは、清々しい。そして政治色は極力排し、ソヒの祖母(白川和子)との交流を挿入し、誰もが共感し易い、温かな作りであることが、一番の勝因だと思います。

勲章を売ったのは、ソヒにしたら、朝鮮民謡のCDが売れたのと同じ感覚でした。悪い事をしたとは思い、未来と共に、レプリカを作ろうとします。しかし、未来の祖父(きたろう)に、レプリカは本物の勲章とは全く別物であって、思いの籠らないものなのだと一喝されます。ソヒたちがレプリカを父への贖罪にしようとしているのを観て、同じように思っていた私は、祖父ちゃん、良くぞ言ってくれたと感激です。この想いに、日本人も在日もないのですよね。

洗濯機が壊れても、ソヒの家で買い換える余裕がない。「いつまでコインランドリーを使うの?」とソヒに聞かれ、「知らないわよ!」と投げやりに答える母(市川実和子)。例え校長でも、朝鮮学校ではローンは通らないのかしら?北朝鮮系にだけ拘っているソヒの家は、経済的に困窮しています。勲章のお金を、母に差し出すソヒ。

勲章の件がバレての夫婦の会話がもう愉快でね。
「お前が売らせたのか!」→「そんな訳ないでしょう!」
「外で仕事して、何を覚えた!」→「お金が無くて仕事させたのは誰よ!」
覚えがある会話ですよ。これは夫なら言うのか、在日の夫だけが言うのか?
あんたが甲斐性がないから、仕方なく仕事を始めて、世間を知って、妻は成長したんだよ。「お前、変わったな」は、私も言われました。子供を育てるのに、いつまでも夢を見てはいられない。どうして解らないんだろ。極めつけは、
「俺がみんな悪いのか」→「そうよ、みんなあんたが悪いのよ!」良く言った!まるで自分を見ているようだわ(笑)。

でもソヒの父は、妻から罵倒されても逆上はせず、テーブルはひっくり返さない。そして意固地になった自分を反省して、妻に謝ると言う。ここは三世だわね。いや気質かな?横暴だったうちの夫世代では、考えられません。良し良し。北朝鮮系も変わってきているのね。

様々な葛藤を抱えて、それを一つずつ乗り越えて来たソヒ。その成長の集大成のような、朝鮮舞踊が愛らしく美しい。私はわざとらしい北朝鮮の子供たちの笑顔が苦手なのですが、作り笑顔ではなく、何かを会得したような豊かな笑顔を見せながら踊るソヒは、眩しかったです。

タイトルは「勲章」ではなく「トロフィー」です。ラストの光景は、過去の想いにしがみつくのではなく、今の自分たちの境涯を、輝かしいものにしようという、監督の想いが込められているのではないでしょうか?北朝鮮の教えを守るという壮大なものではなく、子が親に感謝し、親は子を慈しむ。オンマの言う、足元から築き上げるのですね。

日本に暮らす在日は、一昔前は圧倒的に韓国人でした。今では中国・ベトナムに続き、三番目。何故か?私のように、どんどん帰化していくからです。二世世代は、まだ逡巡があり、子供だけ帰化させて、自分たちは韓国人のままの人も多いです。でも私は思う。自分の過去も現在も未来も日本にあるなら、帰化するのは、自然だと思います。劇中、ソヒの叔父(山中崇)は、朝鮮学校の事を「いずれ無くなる存在」と言います。それは、韓国系とて、同じ事です。

ソヒの父が、朝鮮学校に拘るのは、苦労して差別と闘いながら、日本で基礎を築いてきた自分の親を思うからです。その思いは、痛いほど解る。韓国系の人の帰化への逡巡も同じです。しかし、二世(ソヒの祖母も二世)から四世の世代になった今、私たちはどれ程「祖国」の事を知っているのか。親への想いと、日本に同化するのは、また別物だと思います。事実、帰化しても私の暮らしは何ら変わりはありません。変わったのは、参政権を持っただけ(とっても嬉しい!)。私は帰化して良かったと思っています。

日本の人には、韓国と北朝鮮は、未だに同じ国だと思っている人が多くて、私は閉口する事も多かったです。ジョークのつもりで「あんたの国、またミサイル打って。何とかしいや」。いや知らんし(笑)。「私は韓国人で、北朝鮮は別の国やからね」と言いつつ、本当に気分が悪かった。でも自分と同じ感情で生きている若いソヒを観て、そんな事は、もうどうでも良いかなーと思っちゃう。だって北朝鮮系のソヒと、帰化した韓国系日本人の私には、同じ血が流れているのだから。国籍問わず、日本で生きる若い子たちみんな、幸多かれと祈っています。






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