ケイケイの映画日記
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素晴らしい!居場所のない辛さ、夫婦の生々しい葛藤等を描いているのに、場面場面の神々しさに、何度も涙ぐみました。単なる「ハムレット」誕生秘話や、シェークスピア夫妻の伝記ではない、魂が高まる手応えを感じる作品です。監督はクロエ・ジャオ。今回考察めいた形になるので、ネタバレ気味です。
イギリスの片田舎。森を愛するアグネス(ジェシー・バックリー)は、ラテン語教師のウィリアム(ポール・メスカル)と知り合い、お互い惹かれます。やがて結婚した二人は三人の子供に恵まれます。その後、アグネスの勧めで、ウィリアムは劇作家修行にロンドンに出ます。夫のいない間、独りで家庭を守るアグネスでしたが、イギリスをペストの流行が襲い、それは夫婦の子供たちへも忍び寄ります。
常に森を彷徨い、野生の鷹を友とするアグネスを、村の人々は「森の魔女」と呼びます。アグネス自身の認識は、亡き母の一族の女性は、不思議な力を持ち、森を熟知し、だから野草の知識に長けている。そして、手を握ると、相手の心が判るという。私はこれはアグネスが作り出した、妄想だと思いました。
実母が教養豊かで、野草の知識に長け森に親しんでいたのは、本当でしょう。継母と上手く行かず、家庭に居場所の無さを感じたアグネスが、逃避先に幼い頃、母と親しんだ森を選び、記憶を高じさせたのだと思います。
それは母の臨終時、「家には女手がいる。子供たちは小さく、実母の記憶はないだろう」と言う、妻の死に哀しみさえしない、非情な実父の言葉を聞いた事からだと思います。野草に関しては、弟のパーソロミュー(ジョー・アルウィン)も、母の教えを覚えています。女性だけではないのです。自分は選ばれた特別な人、そんな認識がなければ、辛かったのだと思います。そして弟は、そんなエキセントリックな姉の様子を理解し、弟というより、兄のように護っていたのだと思います。
対するウィリアムも、裕福だった過去から没落した家。弟が当主となったアグネスの家から、借金もしている。豊かな教養を持ちながら、現在の生業の革職人としては、うだつの上がらないウィリアム。父は抑圧的で暴力で家族を支配する事に、苛立ちを感じています。
家庭に居場所のない二人が、魂の共鳴を経て、結ばれるのは自然な事だと感じました。ウィリアムには、自己肯定感の低い自分に比べて、強い自我を持つアグネスが眩しかっただろうと思います。
最初の子、スザンナを産む時、憑かれたように森に向かい、独りで出産します。無事に生まれたから良いものの、ファナティック過ぎる。この思い込みの強さから、アグネスを救ったのは、姑のメアリー(エミリー・ワトソン)だったと思います。陣痛が来て、大嵐なのに森に行こうとするアグネスを、強引に引き留める。そして、「真っ直ぐ部屋を観なさい!あなたの夫は、ここで生まれたの!」と、陣痛に耐える嫁を励ます。メアリーに抱き着き、「母に会いたい」と号泣するアグネス。アグネスが、母の幻影から解き放たれ、再生された場面だと感じ、私も号泣でした。
当初は森の魔女が息子をたらしこんだと、激昂した姑です。それがアグネスの様子を毎日観ているうちに、パーソロミューのように、彼女を見守るようになったのだと思います。そこには姑の湿った感情ではなく、同性の先輩として、アグネスには現実を観て欲しいとの、姑としての愛情があったと、私は思います。
生れたのは双子のジュディスとハムネット(ジャコビ・ジュ―ブ)。ロンドンと実家を行き来する父は、唯一の男子であるハムネットに、「お父さんのいない間、お母さんと娘たちをも守っておくれ」と言う。父には他愛無い息子への激励だったでしょう。しかし、ハムネットには、それは誓いだったのでしょう。ペストに罹患したジュディスに、「僕の命をあげるよ」と真摯に暖かく語り掛けるハムネットを観た時、瞬時にそう感じました。
半狂乱になるアグネス。息子の死に目に間に合わなかった夫を詰りまくる。当たり前です。森の精を自認していた、ある意味未熟なアグネスは、生身の母親・妻に成長していました。もちろん、この出来事も予見できなかった。妻に許しを乞う夫ですが、すぐにロンドンに戻ると言う。夫は夫で、自信のなかった自分から、劇作家として成功し、人々が待っているからと言う。これもまた、成長です。水辺に浮かぶ藻の様な夫婦だった二人。それぞれの形で成長したのに、夫婦としては噛み合わなくっていく皮肉。これも世の中では、良くある事です。
アグネスへのロンドン土産に、高価な装飾品を買うウィリアム。しかし、妻はちっとも喜ばない。たった一時間程、この妻を観ている私だって、アグネスがこんな物を喜ばないのは解る。なのに夫には解らず。なんて鈍感な。しかし夫が、必死で妻へ詫びているのは解かるのです。通俗的な風景が、とても心に沁みます。
ロンドンは息苦しいというアグネス。病弱な次女にも向かない。それでもロンドンへ行って、家族で暮らしたいと言う。生い立ちからくる熱望なのです。私は彼女が愛おしい。
ロンドンの劇場でのお芝居が圧巻です。上映作は「ハムレット」。息子の名前を使った茶番だと激昂するアグネスですが、ウィリアムが亡霊となったハムレットの父として登場すると、目の色が変わります。夫として不器用なウィリアムは、劇作家としてしか、自分の気持ちは妻に伝えられないのですね。ここには映画的仕掛があり、ハムレット役で登場するノア・ジューブは、ハムネットを演じるジャコビの実兄です。息子そっくりなノアを観て、息子が蘇ったかに思うアグネス。
ハムレットの死の場面にアグネスは何を思ったのか。瀕死のハムレットの手を握り締めるアグネス。二人の手に、大勢の観客が手を重ねます。大衆の感動が、プライベートなアグネスの感情とリンクしている。この時代の書物や演劇の、大衆への力強さを観る想いでした。ハムネットの死を、母として正面から受け止めたアグネス。煉獄で独り寒々と「ママ・・・」と泣いていたハムネットが、陽光降り注ぐ方向へ笑顔を見せたショットが入り、また涙の私。
バックリーは、オスカー貰って当然でしょう、の圧巻の演技でした。「ザ・ブライド!」を先に観たので、演技のふり幅の大きさに驚愕でした。メスカルも、繊細な演技で、シェイクスピアの苦悩を的確に表現。ワトソンも、姑と言うより、この時代を生きた女性の先達としての、生身の聡明さを感じさせる好演でした。意外というと失礼ですが、アルウィンがこの三者に一歩も引けを取らぬ好演。風変わりな姉を、ずっと弟として支え、親子や夫婦とは違う、姉弟の絆を感じました。
私が一番記憶にある台詞は、孫のスザンナから「お祖母ちゃんも子供を亡くしたの?」と尋ねられた祖母のメアリーの言葉です。一人は成長過程で亡くなり、二人(三人?)は、出産で亡くしていると言う。だから、アグネスを森へは行かしたくなかったのですね。「子供が大人になるまで育てられる、それを当たり前だと思ってはいけない」。生まれた息子三人、税金・年金の払える普通の社会人となり十数年、私は何と幸せな母親かと、この台詞で噛み締めました。
遠い昔を描く時、当時の再現力と共に、現代の息吹も吹き込まねば、観客の感動は呼ばないと思います。それらが見事に共存した作品。あの場面、この場面、今を重ねる事が出来る作品です。私的に傑作だと思います。脚色も担当したジャオ監督、お見事な作品でした。
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