ケイケイの映画日記
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令和版「砂の器」だと言われている今作。良い内容だとは理解出来ますが、どうも役者の好演の割には、各々キャラがきちんと浮かび上がらず、少し残念な感想です。これも「薄い水割り」系でした。監督は熊沢尚人。
ある山中で男性の白骨死体が見つかります。手掛かりは希少で高額の将棋の駒。その事が、現在躍進中の天才棋士・上条佳介(坂口健太郎)との繋がりが浮かび上がります。
「砂の器」と比較されるのだから、佳介の生い立ちに秘密があるのだろうとは、予想出来ました。その幹の部分は良いのです。問題は物語を際立たせるための枝葉。この手の作品に、刑事のキャラは重要です。刑事の石破(佐々木蔵之介)は、パワハラ気味で高圧的な男です。相棒の若い佐野(高杉真宙)を顎でこき使い、嫌な野郎感満載でした。とこかで人情家だとか、叩き上げの鋭い洞察を見せるのかと思っていましたが、ずっとこのまま。食べるシーンがしょっちゅうですが、こういう演出の時は愛嬌を表現するもんですが、ただ食意地がはっているだけに見える。観ていてあんまり気分がよろしくない。
佐野はそれ程文句ないです。でも、棋士を目指していながら、年齢でタイムオーバー。そこから刑事になるなんて、とても優秀な人のはず。それが、将棋に詳しい以外、生かせていません。
息子を虐待する佳介の父親(音尾琢真)。とても複雑なキャラなはずが、これもただのクズに終わっています。チラチラさせる父親の心情は、もっと掘り下げて描くべきでは?亡くなった佳介の母親である妻の事は「一目惚れだった、抱けるだけで良かった」との台詞以上に、純粋に愛していたのは明白です。妻死去後、憎悪が佳介に向かった理由は、もっと深く描くべきじゃないのかな。音尾琢真は芸達者なので、弱さは十分に伝わるのですが、自分でも気づけていない葛藤あるのが、イマイチ伝わらない。
佳介の母。ほぼ台詞無しで何度か登場するだけ。「8番出口」のヒットは、ニノの好演とストーリー展開だけではなく、私は小松奈々演じる元カノにもあると思っています。少しの台詞とシルエットだけしか映らない元カノは、充分に清楚さも聡明さも漂わせていました。だから、一瞬だけ元カノが映る場面が、とても鮮烈でした。様々な苦悩を抱えているこの母も、名のある人を配して、少し台詞も喋らせてみては、良かったかと思います。
唐沢(小日向文世)のパートは、とても良かった。お風呂で佳介を抱きしめるシーンは、泣けてきました。小学校の元校長という背景も解り易く、誠実な愛情を佳介に与える善き人で、心に残ります。子供のいない夫婦のようで、妻(木村多江)共々、桂介を慈しむ様子に無理がなく、素直に胸が熱くなります。
でも泣いた時、ふと思いましたが、このパートは良かったけど、それでも加藤嘉の息子との巡礼シーンには及ばない。「そんな男は知らん!」と泣きながら言う加藤嘉は、観て何十年経とうと、息子への強い愛情を感じます。強烈な哀しみは、人は忘れないという事なんだな。
そして肝心の佳介も腑に落ちない。あんな極貧+クズ親に育てられ、どうやって東大に合格出来たの?物語的に東大である必要性は?借金を返し終えたからって、何故年収の良い外資系の会社を辞めたの?その理由は?いきなり父親が「こいつは汚い血」と罵り始め、そして驚愕の出生の秘密へ突入しますが、それも唐突過ぎて、気持ちが追い付いていきません。本人のショックの大きさは推し量れますが、唐突過ぎて、感情移入できない。それと、桂介は、あの環境で、どこにいても頭角を現す超が付く優秀な人のはず。それが、台詞やあれこれ語られるだけで、将棋に強い以外は見えてこない。これも物足りなかったです。
賭け将棋士・東明(渡辺謙)のキャラも、イマイチ腑に落ちませんが、圧倒的な渡辺謙の存在感が、有無を言わさないというか、「良い」しか許さんぞ的な圧を感じます(笑)。演技力というより、存在感です。唐沢が将棋の楽しさを教えた天使なら、こちら東明は将棋に対して依存症的にさせてしまった悪魔。同じように「生き甲斐」なのに、明暗がくっきり浮かびます。
さて私が一番良かったのは、東明と賭け将棋を指す兼崎(柄本明)。多分、伝説の人なんでしょうね、将棋に対しての執念や凄みも感じさせ、娘(片岡礼子)の「あんな父は久しぶりに見ました。ありがとうございました」の台詞も、将棋がなければ生きて行けない、幸福で辛い賭け将棋士の性を感じさせて、短い台詞なのに素晴らしい。この気の利いたセリフが、他にももっと欲しかったと思います。
以上、気を削がれる事が度々で、桂介の背景に同情出来るのに、感情移入出来ませんでした。全体的に、原作の上っ面をなぞった感が残ります。生い立ちが厳しい人は、形を変えて世の中いっぱいいます。それは金銭的な事だけではないです。自分を守ろうと思うなら、「魔」が口を開けていても、絶対吸い込まれない事。寄る辺ない身の上だからこそ、人頼みではなく、自分を律してセルフコントロールしなければいけない。感情に流されず、自分の気持ちに、正直に優先順位をつける。多分叙情的な琴線に触れた人が多いと思われる作品ですが、私には、とってもドライな感想が残りました。
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