ケイケイの映画日記
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2024年01月27日(土) 「カラオケ行こ!」




「紅」が、あんなにええ歌やったとは・・・。すっかり書くのが遅れちゃいましたけど、これもとっても面白かった!やくざと真面目な中学生の触れ合いがメインのようで、そちらは実はスパイス。思春期前半から後半へと、揺れ動く中学生たちの憂鬱や男女の差などを、飄々と奥深く描いてた、青春ものだと思います。監督は山下敦弘。

合唱部の部長の聡実(齋藤潤)。中学生活最後のコンテストがあるのに、変声期で声変わりしつつある自分の声が、悩ましい。ある日、見知らぬやくざの狂児(綾野剛)から、「カラオケ行こう」と声をかけられ、引っ張っていかれます。もうじき組長(北村一輝)の誕生日なのだが、カラオケ大会で一番下手に歌うと、恥ずかしい刺青が彫られる。なので、それを防ぐべく、聡実にレッスンして欲しいと言います。

勿論断る聡実くんなのですが、気がつけば狂児にいつも拉致られ、カラオケへ。脅しも一切なしで、見事なお手並み。やくざにしたら、真面目な中学生なんて、赤子の手を捻る様なもんやもんね。「聡実く〜ん」と、はんなり呼びかける狂児の様子は、頭は怖いやくざと理解していても、心は油断させてしまうのでしょう。

聡実くんは、もう一つ「映画を観る部」というクラブの特別部員で、合唱部の事や狂児の事、色んな悩みを、モノクロのクラシックの名作映画を観る事で、ヒントを貰っています。この様子がとってもグッと来てね。私も年相応のアイドル映画なんか見向きもせずに、往年の名作がテレビで放送されると(レンタルもサブスクも無い時代)、必死でビデオ撮って観てたもんな。アイドルにキャーキャー騒いでるあんたらとは、ちょっと違うでと、節度は持っているつもりながら、選民意識も持っていました。あの頃の私は、頭でっかちの、理屈っぽい女子であったなと、彼らを観て懐かしく思いました。

この作品は、思春期の男女の成長の差も描かれています。聡実くんの悩みも知らず、練習に熱の入らない彼に、食って掛かる後輩君。その度に副部長の中川(八木美樹)が宥めに入る。「中川、何してんの?」「子守りや」の、他の女子の言葉には大いに笑いました。一つしか年が変わらんのに、子守りってか?(笑)。心が体の成長に追いつかない子。またはその逆。中学生が、一番心身共に不安定であることを、ゆるゆると描きつつ、深く心に残りました。

初対面の狂児の「紅」に、「裏声が気持ち悪い」とバッサリの聡実くん。その他、組のもんの歌にも「声が汚い」「ビブラートが多すぎる」と、また毒舌吐いて、バッサバッサ。物怖じしなさ過ぎですが、ヤクザ相手に自分の意見がしっかり言えるのは、観てい小気味良くて、笑いのポイントも高しです。

思うにね、聡実くんは両親に恵まれているのよな。「おもろないから」と、自分の生まれたての息子に「狂児」と名付ける父親(加藤雅也)と、鶴亀の傘を息子に買う父親(宮崎吐夢)では、同じ酔狂でも質が違う。だって鶴は千年亀は万年じゃ。長寿健康を息子のため、祈ってんのよ。それが「聡い果実」という、若々しくて賢い名前に込められてんのよな。

「狂児」という名を背負って生きるのは、辛い事も多かったはず。家裁にでも掛け合ったら、この場合なら本名の変更は認められるはず。そのままだったのは、母親もそれなりの人だったんでしょう。明らかにおかしい自分の親を怨むでもなく、暗に聡実くんの親を褒める狂児は、やくざながら、人格は高い模様です。

名作のお陰か、ナイスは哲学的言葉が出る映画部の友人君から、「愛は与えるもんらしいで」と聞いた聡実くん。母(坂井真紀)が、鮭の皮だけ剥いで、父にあげるのを観て、目を見張る。私も目を見張る。何故なら私も鮭の皮が好きなので(塩焼きよりムニエルが美味。タラの皮も好き)。でもうちの夫はくれませんよ。そんなもん食うなと言う。私はケンタッキーフライドチキンの骨も大好きなんですが、夫はフライドチキンなら、「お母さん、骨が多いとこ取りや」と必ず選ばせてくれます。それはね、舅もチキンの骨が好きで、バリバリ噛んでたんやって。だから理解の範疇な訳。でも鮭の皮は範疇外。坂井真紀も範疇外だと思いますが、夫にあげるのよね。理解出来なくてもあげる。これこそ愛じゃござませんか?鮭の皮一枚は、ユーモアポイントだけではなく、真実も突いてるのね。

いつもフレンドリーで保護者のような狂児に対して、段々心を開いていく聡実くん。聡実くんが思春期らしい感情の起伏を見せる時でも、狂児は深追いしません。「お前ら、やっぱりやくざや!」と、組長のパーティーで、強面のオジサンばっかりの中、狂児を想い啖呵を切る聡実くん。ここまで、待って待ってやっと聞ける聡実くんの熱唱は、やっぱりあの曲。思わず目頭が熱くなりました。その後の展開は予想通りでしたが、狂児を思う聡実くんの心に、それでも泣けました。二人のキャラと交流を、丁寧に紡いできたのでね、とにかく感情が盛り上がるシーンで秀逸です。

問題点としては、やくざがこんな良い人でいいのかと。若い子が誤解したら、あかんがなという点ですかね?そのための切った小指や、イカレたシャブ中の登場なんでしょうが、その点を踏まえて、もうちょっと怖く描いてもいいかなと思います。

とにかく齋藤潤くんがいい!賢くてちょっとシニカル、でもやっぱり根は純真な聡実くんを演じて、出色の演技。ビリングトップの綾野剛ですが、この作品は中学生が主役を心得ていて、潤くんを生かす演技に終始していて、とても良かったです。綾野剛は好きでも嫌いでもなかったですが、愛してしまいそうなくらい、良かったです。

思春期前半を卒業して、後半開始の前の、宴のような出来事を、「幻」と表現するなんて、粋やねぇと感心していたら、なんや、あの蛇足のオーラス!。しかし原作コミックで「ファミレス行こ!」という続編があるんですって。次を作る布石かも?続編出るまでに「紅」が歌えるようになろうと誓う、私なのでした(笑)。


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