ケイケイの映画日記
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2018年08月01日(水) 「ウィンド・リバー」




雪山で起こったミステリーとだけ頭に入れて観ましたが、これ、傑作じゃないでしょうか?理由は後述致します。監督は脚本家のテイラー・シェリダン。

ワイオミング州にある、雪深いネイティブアメリカンの保留地ウインド・リバー。そこで害獣駆除に就く白人ハンターのコリー(ジェレミー・レナー)。ある日仕事の最中に、レイプされた形跡のあるネイティブアメリカンの若い女性の死体を発見します。それは亡くなった娘の親友ナタリーでした。地元の警察からの連絡を受け、FBIから派遣されてきたのは、新人のジェーン(エリザベス・オルセン)一人。ジェーンはレイプ殺人で立件しようとしますが、検視官は犯人からの逃亡で死亡したのは明らかだが、直接の死因は-30度の冷気を吸い込み続けたため、肺からの出血が原因だと言います。これではFBIからの応援は頼めず、ジェーンはコリーと地元警察の支援を受け、犯人を見つけだす決心をします。

恥ずかしながら、先住民族が、このようにあちこちの保留地という名の僻地に追いやられている事を、知りませんでした。どこかで見知っていたかも知れませんが、忘れています。一帯はアメリカ政府の管轄外のようで、無法地帯のようです。尊重しているように見せかけ、体よく追い払っているのです。衝撃でした。傑作だと思うのは、何も知らずに観に行った私に、先住民族の哀しみや怒りが、深々と心に届いたからです。

ろくな仕事に就けず、男は捨て鉢になり、麻薬の売人になる。女はレイプされるのが通過儀式のような世界。殺されても失跡しても、国はその数をカウントさえしない。ジェーンが家宅捜査に入ったネイティブの重要参考人の家は、不潔で禍々しく、得体の知れない怖さに満ちています。あの家には、置き去りにされた絶望が、満ちています。凍てつく寒さは、一面の雪景色に清廉な美しさを放ちながら、でも容赦なく人も殺すのです。そんな土地で暮らさなければならない人たち。

最果ての地のようなここに住む白人は、皆訳ありなのでしょう。コリーのように、ネイティブの女性を愛し結婚。共に暮らす男もいれば、一刻も早く抜け出したいのに、許されない境涯に捨て鉢になる男もいる。人を殺す寒さに悶々のとする男たちの娯楽が、レイプだなんて。怒りを通り越し、私まで絶望する。この作品は、本当に絶望感に満ちている。

一筋の光明がジェーン。当初は彼女に落胆したコリーや地元警察も、真摯に事件を解明しようとする彼女に、心を開いていきます。これが男性だったら?中堅以降の捜査官だったら?おざなりな捜査で終わった事でしょう。新人の女性だったから、被害者のナタリーの無念さに寄り添い、懸命に捜査に向かったのではないでしょうか?そこに監督は未来を見出している気がします。

ジェレミー・レナーは、インテリを演じても、ヒーローを演じても、個人的にはもっさり感じて今ひとつでしたが、今回は見違えるような適役。野性味のある大人の男性を、重厚さと憂いを共存させて好演。ひよっこFBIの初々しさを醸し出していたエリザベス。土地に溶け込み共感していく姿に、ジェーンの成長が感じられ、好演でした。

「大切に育てた高校生の娘は、目を離した隙にいなくなった」と語るコリー。それはたまには子供抜きで、夫婦水入らずを楽しみたいと思った、当たり前の事が起因です。ナタリーの父マーティンは、娘の死に耐え切れず、死のうとします。その時、部族伝来の死に装束的なペイントを、顔に塗りますが、「本当のやり方は知らない」。とうの昔にそんな文化は滅んでいるのに、彼らの人権は、昔の如く蹂躙されている。

今を生きるアメリカで、先住民族の人権を回復するには、どうすればいいのか?幾通りもの差別が問題視されるアメリカで、見落とされているネイティブアメリカンの人権。それをアメリカだけではなく、世界中に発信した監督の功績は、大きいと思います。こんな作品こそ、オスカーにノミネートして欲しかったなぁ。




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