ケイケイの映画日記
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2017年03月12日(日) 「哭声/コクソン」




チャヌクに続き、これまた相性の良いナ・ホンジン監督作品。けれん味・はったり盛りだくさんなので、ツッコミも多々ありますが、ツッコミ上等と意に介さない風情です。全編エネルギッシュな映像で、私は二時間半、とっても楽しみました。

のどかな片田舎のコクソン。平和は村に、一家惨殺事件が起こります。同じような事件が続発し、村人たちは、山に数年前から住み着く得体の知れない日本人(國村隼)のせいだと、騒ぎ始めます。警官のジョング(クアク・ドウォン)は、最初静観していましたが、一人娘のヒョジン(キム・ファニ)に、犯人たちと同様の皮膚病を見つけ、日本人のせいだと思い込みます。様子のおかしいヒョジンを心配した家族は、祈祷師イルグァン(ファン・ジョンミン)を呼び寄せます。

土俗的なミステリーだと思って見に行ったら、途中からオカルトホラーっぽくなり、混沌として行きます。ゾンビなの?エクソシストなの?と、あれこれ要素が入ってきます。些か盛り込み過ぎの感はありますが、破綻はしていません。血まみれ泥まみれの描写が多々あり、汚らしいのですが、それが恐怖感を煽るツールとして、効果を上げています。

人間は自分の思うように物事を見るものです。標的になるのが、日本人の男。裸で鹿の生肉を貪っていたと言う、口裂け女のような都市伝説が村に流れ、あろう事か、警官のジョングまでが、証拠も無いのに男を犯人だと信じ、男の家を不法侵入して家宅捜査する越権ぶり。任意同行ぐらい出来たはずが、男に見つかったため、現状保存も出来ず。毎度お馴染み、失態ばかりの韓国の警察ですが、ここは警察云々と言うより、思い込みの暴走の、慣れの果てを描いていたのかと思います。ジョングたちのバカさ加減と騒々しさに対し、一言も申し開きをしない男が、不気味感を増大させます。

祈祷師のジョミン登場から、一気に禍々しさが加速します。時間にして15分くらいでしょうか?延々祈祷の場面を映しますが、大音響の太鼓や鐘、お供物と動物の血の中、踊り狂い祈る祈祷師。その姿はいかがわしさより、ダイナミックですらある。トランス状態のその様子に、ぶっ飛びます。ここは最大の見所。

実は私、幼い頃に、実際に祈祷の場面を見ています。映画よりかなり縮小された感じですが、祖母に手を引かれ、キンキラの韓国のお寺で、踊り祈る女性のシャーマン(おばさんだった)を、はっきり覚えています。韓国は過去、シャーマニズムに基く祈祷師のお払いや祈りが栄えており、在日社会もそれを踏襲していました。それが段々と迷信だと衰退していき、最近では全く見ることもありません。韓国でも田舎では、まだ延々と信じられている様子に、少しびっくりしました。

うだつの上がらぬボサッとしたジョングが、娘を救いたい一心で、鬼も蛇も出てきそうな展開の中、逞しくも恐ろしい男に変貌する様子が、痛々しい。しかしこの痛々しさの中には、娘への父親としての愛情が溢れており、何を信じて良いかわからなくなる中、この一点だけは揺ぎ無いものでした。

警察の見解では、犯人から毒キノコが検出され、食べた副作用で精神障害を起こしての犯行と発表されているものの、誰も信じない。村全体がヒステリー状態です。「噂」の恐ろしさ。

男は何者なのか?生きているのか、悪霊なのか?祈祷師も善なのか悪なのか?目撃者を名乗る女の正体は?男は言います。「お前は俺を悪魔だと言ったろう?なら俺は悪魔だ」。私は見る人の思い込みが、相手の善なる本質さえ変えてしまうのだと取りました。韓国映画で、日本人にこの台詞を与えた意味は、深いと思います。

作品中ではキリスト教の神父も出てきますが、「エクソシスト」のメリン神父がリーガンを救うようには、してくれません。祈祷師も、災いがある方がお金儲けになって良いのです。どちらに転んでも得をする方に回る。韓国人は何につけ、ファナティックな傾向があり、私は宗教にしてもシャーマニズムにしても、入れ込んでも救われないよと、批判しているかと感じました。信じるのは何か?答えは描かれていました。

國村隼はこの作品で韓国の青龍賞の助演男優賞を受賞したとか。そりゃそうでしょう、納得の怪演にして熱演。こんな役を引き受けてくれて、涙が出るほど有難い気分。彼のお陰で、作品の世界観が、ぐっと締まったように思います。主役のドウォンも、愚鈍でユーモラスな演技から、後半の変貌の様子を的確に演じていて好演です。ジョンミンは何と言っても祈祷場面!あれだけでも彼をキャストした甲斐があります。それと子役のキム・ファニちゃんが大熱演で、リンダ・ブレアも真っ青の熱演です。老婆心ながら、友達がいなくなるのじゃないかと心配するほど。将来が楽しみなので、名前を覚えておきたいです。

エンディングはバッドですが、監督によると、どう読み取るかは、観る人次第とか。私は上記の感想です。意味を考えず、ただただ展開に圧倒されて、楽しむのも手です。ふんどしが韓国にはなく、「オムツ」と訳されていましたが、まさかこれが鍵となるとは(笑)。男は「噂」の怨念の化身だと、私は思います。


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