ケイケイの映画日記
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2014年05月30日(金) 「ぼくたちの家族」




平凡な一家の主婦が、突然脳腫瘍で余命一週間と宣告された時、家族はどういう行動を取るか?と言う設定が、突拍子もなくではなく、とても説得力ある描写で綴られます。今まで蓋をしていた事実が、次々明るみに出る様子も、とても他人事とは思えません。ただの難病ものではなく、見終わって観れば、繊細さより骨太さの方が勝る作品です。これもたくさん泣きました。監督は石井裕也。

東京郊外に住む主婦の若菜玲子(原田美枝子)は、小さな会社を経営している夫克明(長塚京三)とふたり暮らし。長男浩介(妻夫木聡)は元引きこもりでしたが、現在はその状況から脱出して会社員となり結婚。妻みゆき(黒川芽以)は妊娠中です。次男の俊平(池松壮亮)は大学生で、既に自宅を出ています。玲子は最近物忘れが激しい上、言動もおかしな事ばかり。病院へ連れていくと、脳腫瘍の疑いが濃く、余命一週間と宣告されます。狼狽する家族。父の会社は多額の借金を背負い、家のローンも残っている。母は家計の苦しさから、カードで借金を重ねている事も発覚。玲子の入院費もままならない現状でした。

原田美枝子初登場シーンが絶品で。呆けたような表情、でこぼこの皮膚感など、いつもの原田美枝子より老けた印象です。そして構図が、とても小さく華奢に玲子を映している。玲子という女性の異変を、カメラは上手く伝えています。そしてこれはカメラさんなのかメイクさんの功績なのか?髪がペタンコで若干薄くなっている。これは中年期以降の女性の特徴です。こんなところから作りこんで行くんだと感心しました。

一般に玲子の症状では、認知症系の病気を疑うはずです。彼女ほどではなくても、最近私も加齢により物忘れが多く、一種ホラーめいて見えて、もうドキドキ。治療費の事、借金の事、お金にまつわる事で一発触発の男三人。狼狽え情緒不安定な父。俺が長男なんだからしっかりしなければと、ガチガチなのがわかる真面目で大人しい長男。へらへら危機感がないようで、冷めた次男など、三人三様です。今まで男性なら有りがちな見栄を張っていた父が、長男に入院費を頼むところなど、どんなに情けない気持ちだったろうと、同情してしまいました。

私の母もガンにかかった時、医療保険にも生命保険にも入っていない事がわかり、私も狼狽した経験があります。当時は私も若く、母は離婚して頼る夫もいないのに、何故いつまでも奥様気分なのかと激怒しましたが、この夫婦もお金のやりくりに困って、保険辞めたのでしょうね。今は怒って悪かったなと思っています。家計が苦しくても保険は辞めちゃダメと、教訓を残してくれましたし。

それと家族の誰かが入院すると、入院費以外に交通費だとかセカンドオピニオンだとか、仕事休まなきゃいけないとか、諸々治療費以外に、かなりのお金がかかる。主婦が入院するので、外食やコンビニばかりになる描写も、節約出来ずお金に直結します。そういう切羽詰まった感が、とてもリアルでした。

腫瘍のせいで、胸にしまっておいた不満や愚痴が口に出る玲子。この場面でまず号泣。彼女の思いは、多かれ少なかれ主婦なら持ち続けているもの。でも私が一番泣いたのは、「それでもお母さん、お父さんが好きだから別れたくないの」の言葉でした。そして幾度となく語られる家族への愛。病んだ彼女はまるで童女のように純真なのです。私はこの言葉の数々が、のちの夫や息子たちの奮闘を促したと思います。

このお父さんね、不甲斐なさばかり強調されていますが、普通に家族を愛してきた人だと思います。だから例え東京郊外で駅から離れていようが、無理して家を買ったんでしょう?これは見栄ではなく、家族を思ってだと思います。妻も本当にハワイに連れて行きたかったんですよ。この不甲斐なさは隠れていたものだったのではなく、老いだと思いました。男盛りの時なら何とかしたはず。莫大な借金を背負って、それでも自己破産しなかったのは、自宅のローンの掛け替え時の保証人に長男がなっているから。息子に自分の借金を背負わせたくなったからです。

恐る恐る母の入院費を妻に頼む長男に対して、子供にお金で迷惑かけるなんて、信じられないと言い切り、嫌味三昧の妻。自分は妊娠中を理由に、姑の見舞いにも行きません。妻の言い分は正に正論。でもね、この正論を全う出来る人って、世の中の何パーセントなんだろうか?人生には不慮の事不足の事がいっぱいで、そこで軌道修正しながら、頑張るもんじゃないのかな?欠陥だらけの両親ながら、そこで息子たちが確信したのは、借金ではなく、自分たちへの愛情でした。

最初の病院で匙を下げられ、自分たちで母を治療してくれる病院を求めて奔走する兄弟。私も息子三人なので、ここでもまた号泣。今日の占いでラッキカラーや数字のゲン担ぎをする次男。その通りに事が運ぶのを、私はご都合主義だと思わない。子供を育てている間に、何かに守られたと、不思議だったり有難い経験をした人は、私だけではないはずです。私がジーンとしたのは、鶴見辰吾の医師が、「若菜君、ここで何件目?僕にも君くらいの息子がいるんだよ」の言葉です。ありふれた言葉ですが、それが責任以上の医師としての感情を動かした理由なんですね。あの先生、「タクシー代あるか?」と聞いていたけど、無いと言えば貸したんでしょうね。

一見冷たいように見える次男ですが、彼がこのようになったのは、兄の引きこもりで、両親の思いが一心に長男に向いた時期があったからだろうと思います。それが軽薄さと冷静が共存するような、彼を作ったのですね。母が次男を話し相手にする様子は、きっと幼い頃からの習慣なのでしょう。慈しむように母の話し相手をする様子に、本来の彼があるのだと思いました。

この作品は原作者の早見和真の実体験が元だそうで、だからなのか、簡素ながら心に響くセリフがいっぱなのです。母が倒れた晩、自宅に泊まった兄弟ですが、きちんとパジャマを着て寝ていた弟に、「パジャマなんか着やがって!」と怒る長男の気持ち、わかるなぁ。俺は着の身着のままなのに、どうしてそんな悠長なのか!と言う気持ちでしょう。この家の諸悪の根源は、自分が引きこもりだったからだと思いつめる長男が、「お母さん、迷惑かけてごめんな」と振り絞るように言うと、母は「そうだっけ?忘れちゃった」と明るく笑う。そうなんです、うちの子供たちも親に迷惑をかけたと言うのですが、私はそんな記憶がない。多分その時は大変だったのだろうけど、今元気で働いている姿を見れば、そんな事はどうでもいい事なんです。出産の痛みと一緒かな?夫だと、こういう訳には行かないんだなぁ。だから「それでも好きなの」が、大事なんですね。

自分たちの知らない親の弱さを目の当たりにした兄弟たちは、今度は自分たちが親を守ろうとする。そしてそれぞれが分相応に成長していく様子に、またまた涙。長男の妻が、自分の家庭を守りながら親を助けようと奔走する自分の夫を、「かっこいい」と表現してくれました。必死で妻子や親を守ろうとする男性は、私も「かっこいい」と心底思います。捨てるよりずっとずっと。

許されるなら、姑の見舞いに行きたいと言う長男の妻。入院費を援助しながら、ここまで頭を垂れる姿は、ひとへに「かっこいい」長男のお陰です。よく息子が結婚したら、他人になると言うでしょう?息子しかいない私は、この言葉を聞くと寂しい限り。お嫁さんが他人で終わるのか、それとも家族の一員となってくれるのか、それは自分の息子次第なのだと、改めて感じ入りました。

出演者は総じて良かったです。特に四人のアンサンブル。家族として違和感がまったくなかったです。チョイ役の鶴見辰吾、板谷由夏、ユースケ・サンタマリア、市川日実子も、全て温かさがあったの良かった。

このお母さん、多分お嬢さん育ちなのでしょうね。キッチンにあった置き手紙の内容、笑ってしまう程浮世離れしている。でもだから、困窮しているのに、引きこもりの息子の傍に居たいからパートを辞めると言う、離れ業ができたのだと思います。お金で苦労させたく無いと言うのも、親心であるのも確か。何を見つめて何を信じるか、その選択は一様ではありません。子育てが終わった私にも、何がベストかわかりません。でも老いては子に従えは、真理なんだと思いました。まだまだ老いたくはないですが、不慮の時は、息子たちを頼ってみたいと思います。


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