ケイケイの映画日記
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2012年11月03日(土) 「危険なメソッド」




1日の映画の日に観てきました。映画の日の鑑賞は久しぶりなので、ずっと前からこの作品に決めていました。クローネンバーグとヴィゴの三度目のコラボ、絶賛売り出し中のファスベンダーで、ユングとフロイトを題材にした心理劇なんですから、めっちゃ期待していました。が!これが非常に退屈。最後まで全く盛り上がらず落胆の極みです。監督はデヴィッド・クローネンバーグ。

1900年の初頭。若き精神科医のユング(マイケル・ファスベンダー)は、新しい患者サビーナ(キーラ・ナイトレイ)に対して、先輩医師であり精神科医として高名なフロイト(ヴィゴ・モーテンセン)の提案する談話療法を試みる事にします。彼女の内なる性的トラウマを発見し治療は成功。しかしフロイトから紹介された医師であり薬物依存患者のオットー(ヴァンサン・カッセル)の登場により、三人は思わぬ方向へ導かれる事になります。

冒頭キーラの興奮した様子がすごい。私はクリニック勤めなんで、空笑くらいのレベルの患者さんは見ますが、あんな大暴れする患者さんは、まだ見たことがありません。まぁ大昔とて、入院レベルなのはわかります。感情失禁の時のキーラの演技がすごくてね、下顎を突き出し、目を見開いての変顔、大暴れの大熱演。しかし目が普通なんですね。本当に精神を病んでいる人の目は、ギラついているか魚が死んだような目です。わずかばかり現場を知っているせいで、熱演は健闘賞止まりに感じました。

そして今回のキーラは、お得意のコスプレモノなのに美しくないのです。髪型がひっつめ過ぎで毛が薄く見え、スリムは容姿は貧相でギスギスに感じます。それが心を病んだ女性の表現なら、アプローチが間違っていると思いました。患者と医師の肉体関係、それも不倫と言う極めつけの背徳なんですから、女性側はもっともっと美しく撮らないとダメなんじゃないかしら?

サビーナのトラウマは幼い時からのスパンキングによる性的興奮です。早い話が自分が変態であることに悩み、精神を病んでしまっています。まぁ可哀想に。この辺を掘り下げるて、お得意のわけわからん世界観を見せてくれるのかと思いきや、お話はサビーナとユングの不倫、嫉妬が絡んだユングとフロイトの友情の亀裂などを、本当は下世話な話を、高尚「風」に描いています。描き方の底が浅いので、あくまで「風」。簡単な言葉で描けばいいものを、難しい言葉の羅列で描くので、白けてくるわけ。

ユングとフロイトの関係も、治療法の対立で袂を分かつ「風」ですが、結局財力のある妻を持つユングと、子沢山で貧乏なフロイトの、お互いの妬みや見下ししか、印象に残りません。と言うか、もしかしたら、高名な精神科医であろう彼らも、自分の感情のコントロールは難しいを言いたかったのかもですが、それなら一言で済むような会話を延々続けるのは、時間が無駄っぽいです。

一番ムカつくのは、ユングがゲス野郎な事。本音を語るオットーの出現により、自分の良識で塞いでいた本音を解き放ってしまい、サビーナと不倫するのは良しとしよう。本当は掟破りの患者との深い関係なんですから、もっと葛藤があっても良かろうに、別れるのは自分の保身ばっかりで、卑小な男なんですね。別に優秀にも見えず、何の功績があったのかもあまり描かれず、美しく財力のある妻(サラ・ガドン)の潤沢な資金によって、研究に困らなかった頭の良かった男、それくらいにしか見えません。せっかく売り出し中のファスベンダーを起用したのに、ちっとも魅力がない。

キーラも微妙なバストを見せながら、スパンキング場面に挑戦していますが、エロスも恍惚感もなく、ただ叩かれているだけ。性の渕の深さに及ぶ事もなし。これは彼女の演技が下手なのか、演出がダメなのか?これなら「ヒストリー・オブ・バイオレンス」のマリア・ベロの年増のコスプレの方が、ドドメ色ながらまだお色気がありました。

クローネンバーグのお気に入りヴィゴも、今回はその道の大家の爺さんとしか感じず、ファンなので大変残念です。カッセルは怪しく謎めいた雰囲気がとても良く、少ない登場時間ながら、きちんと役割を果たしていました。妻役のガドンも、悩み多き妻を美しく静かに演じて良かったです。

「裸のランチ」とか「クラッシュ」とか、意味わからんけど感性が面白い作品なら良いけど、意味も筋もわかるけど面白くないのは如何なものか?何が言いたかったのか、最後までわかりませんでした。


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