ケイケイの映画日記
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2012年05月11日(金) 「テイク・シェルター」




二時間、時々涙ぐみながら興味深く観ました。悪夢は予知なのか?それとも精神病なのか?サイコ調のミステリーは、やがては夫婦のお話へとシフトして行き、辛い主人公の心にしっかり寄り添いながら作ってあり、とても感銘を受けました。唯一ラストがイマイチです。思うところあって、今回はネタバレ気味です。監督はジェフ・ニコルズ。

工事現場で働くカーティス(マイケル・シャノン)。家庭的で優しい妻サマンサ(ジェシカ・チャスティン)と一人娘ハンナ(トーヴァ・スチュワート)と三人暮らし。ハンナは聾唖ですが、その事には捕らわれず、幸せな家庭を築いています。しかしここ数日マイケルを悩ませているのは、悪夢。大災害が来る夢を毎晩見るのです。焦躁に駆られたカーティスは、自宅の庭にシェルターを作ろうとします。やがて彼の行動は常軌を逸し、周囲を巻き込んで行きます。

最初の方は、カーティス一家の日常を時間を割いて映します。これは意図的のはず。夫は土木工事に従事。会社もきちんとしているようです。サマンサは日用品や手芸品を手作りして、フリーマーケットで販売。洋裁の内職もしており、これはハンデのある娘との時間を作りたくて、外に働きに出ず、この選択をしたと思いました。贅沢はせず、しかし心豊かに暮らしながら家のローンもきちんと払う。そして娘には愛情をいっぱい注ぎながら甘やかさず育てる。この真面目で堅実な暮らしぶりは清々しく、少々感動さえします。この感情が後々の気持ちを一層切なくさせます。

この作品には、一般的に理解され難い精神疾患を持つ人の苦悩が、とてもわかり易く描かれています。毎日観る天変地異のような悪夢。不吉な幻覚や幻聴。それは予知なのか?悪夢はその時々にまるで現実のような物を見せます。その事に強いこだわりを持ち始めるカーティスは、シェルター作りに躍起になると言う、理解しがたい行動を取り始めます。

統合失調症とは、読んで字の如く言葉や思考に統合性が無いことです。しかし順を追ってカーティスの行動を観ると、全部辻褄が合う。他人から観れば不可解でも、本人には統合性のある事なのです。病に罹り、こうやって友人を遠ざけ、借金をして、家庭も職も失っていくのだと思うと、やり切れない気持ちになります。カーティスほど自他共に堅実に生きていると思われている人でも、あっと言う間なのです。

妄執に駆られる自分は精神病ではないか?何故カーティスが悩むかと言うと、彼の母親が統合失調症で30代から病院暮らしなのです。ここでも親族に精神病患者を持つ人は、自分もいつか発症するかもしれないと、心の底で常に怯えて暮らしているのだと、辛くなりました。兄が母の面会に行かないのは、母の存在を封印する事によって、その苦しみから逃れたいと思っているのでしょう。

カーティスは自分を疑い、医師に相談、薬をもらったり精神科カウンセラーに相談にも通っています。所謂「病識がある」人です。そんな人でもこんな強引な行動に出るのは理由があって、母に突然置き去りにされたカーティスは、それが原体験となり、家族は何があっても自分が守ろうと決心しているのです。この哀しい設定は、一層彼の行動に理解を与えるものです。

自分の本心を打ち明けられず、回りくどい言い訳に終始していた彼が、やっとの思いで妻に打ち明けるも、その直後の出来事に感情を爆発させます。傍から観れば不気味で怖い人です。それも当然です。両方の感情が理解出来るだけに、本当に哀しい気持ちになりました。

サマンサは夫の行動に戸惑いながらも、支えて行こうと懸命です。時には怒りを爆発させますが、それは無理からぬ事。この辺もあまりに聖母のようだと嘘っぽいので、実に説得力のある賢妻ぶりです。「どこへ行ってきたの?」「ママのところ」「私も一緒に行ったのに」の会話は、サマンサも姑の病を知っているのでしょう。夫の背景を知りながら結婚したのですね。昼食会に遅れたカーティスへ、サマンサの家族は冷たい視線を送りましたが、それは元々気に入らぬ婿であったからなのかも?サマンサの慈愛深くも肝の据わった夫への接し方は、彼女もまた、自分の夫も発病するかもしれないと言う不安と、常に戦っていたからなのかと感じました。その日常が彼女を強くしたのでしょう。

カーティスは精神病なのか、それとも予知能力があるのか?物語は最後の最後まで引っ張ります。しかし予知能力があったとして、それまでの異常な行動は彼の日常を破壊し、社会人としては到底通用せぬ人間にしています。私はここが大事だと思うのです。なのでどちらに転んでも、カーティスは治療が必要な人だと思いました。

ラストについては、色んな感想があると思いますが、私は大いなる蛇足だと感じました。ちょっとでも希望が持てればそれでも可でしたが、あれではなぁ。あの前の段階を工夫すれば、もっともっと余韻のあるラストに出来るのにと、私的にすごく残念です。しかしラスト以外は丹念に主人公と家族を描き、娘が聾唖である事の意味も、きちんと心理的葛藤の材料にしてあり、文句のない脚本と内容でした。精神疾患に関心のある方には、とても興味深く観られる作品かと思います。



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