ケイケイの映画日記
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2012年05月06日(日) 「裏切りのサーカス」

だって1800円でも観たかったんだもんシリーズ第二段(あんまり続けたくはない)。お大臣様のような値段ですよね。一度禁を破ったら怖いもんなし?いえいえ、実はこれには訳が。来週の日曜日は「母の日」でしょ?「愛とかカーネーションとかいらんから。お母さんは、子供の幸せ=自分の幸せと言う母親でもないからな」と、息子たちに伝えているのでね、今年もプレゼントは「現金で映画代」で折り合いがついているのですよ。ほほほほほ。私の亡くなった母は、「子供は私の命。あんたらの幸せがお母ちゃんの幸せやから、何もいらんで」と言う重た〜い人でした。その割には言ってる事とやっている事が全く違うやんけ、だったので、私は死んでもそんな芝居がかったお安い言葉は言わんぞ、と決めています。いや1800円どころか、2000円で観ても値打ちがある作品でした。監督はトーマス・アルフレッドソン。

英国MI6とソ連のKGBが対立していた東西冷戦時代。イギリスの諜報機関『サーカス』は、ソ連から二重スパイ、通称「もぐら」の正体を暴こうとして失敗。責任を取ってリーダーのコントロール(ジョン・ハート)は組織を去ります。彼の右腕だったスマイリー(ゲイリー・オールドマン)も一緒に引退します。程なくして英国上層部のレイコン長官からスマイリーに、「もぐら」を暴けと指令が降ります。スマイリーは部下だったギラム(ベネディクト・カンバーバッチ)を補佐に指名。もぐらはサーカス幹部の中の通称ティンカー(トビー・ジョーンズ)、テイラー(コリン・ファース)、ソルジャー(キアラン・ハインズ)、プアマン(デビッド・デンシック)の四人に絞られます。

ストーリーが入り組んでいるので、しっかり観ないとわからなくなると聞いていたので、頑張って観ました。多分ついていけたと思います。予習としてHPから相関図(←飛べます)を頭に入れて観たのが功を奏したようです。

MI6と言うと、御存知007。しかし実際はあのような荒唐無稽さは皆無で、地道で地味でお堅い仕事です。しかし諜報機関である事は紛れも無く、皆家族や友人、恋人にも本当の自分を明かすことは出来ません。コントロールの片腕だと、自他共に自負していたスマイリーでしたが、コントロールにとっては、彼もチェスの駒の一つでした。苦い心を押し殺して、僅かな落胆だけを匂わすスマイリー。冷静です。

その事に葛藤も苦悩もあるのが、きちんと描かれています。スマイリー、リッキー(トム・ハーディー)、ブリドー(マーク・ストロング)、思えば誰もが非情に徹しきれなかったから、墓穴を掘ったり命を狙われるのです。それは「もぐら」も同じでした。その様子は非常に人間臭く、彼ら「スパイ」も、血の通った人間で、観客である私たちと違いはないのだと理解出来ます。違うのは常に死と隣合せであると言う事。その緊張感は終始持続されて描かれます。

そんな彼らが一番心を許すのは誰か?実は敵国のソ連のスパイなのです。同じ穴の狢、または同病相哀れむなのでしょうか?スパイの心情はスパイしかわからぬのでしょう。それを表すクリスマスパーティー。そこで全員で合唱するソ連国歌は、嘲笑でも皮肉でもなく、親愛でした。ソ連のスパイの大物カーラをリクルートしようとした時のスマイリーの語りは、映画やドラマで人間らしい情けなどないと描写されるスパイの、心の内が伺えるものでした。

敵国スパイと恋仲になるリッキー。「どうしても彼女を助け出したい。どうしてだろう、タイプではないのに」と自嘲気味に語る彼の目には涙が。恋とはそうしたものです。相手は敵、言い訳するリッキーですが、一目惚れでしょう。この作品にはその他に二人、愛のために涙する人がいますが、それは同性愛を匂わします。その涙はストレートのリッキーと何ら変わりない、辛く哀しい涙でした。原作には同性愛の描写はないそうで、この描き方は、もしかして監督が同性愛者なので、涙は同じを描いたのかな?と感じてしまいます。その他、不実な妻に悩まされ、しかし妻を愛し続けるスマイリーの様子など、彼らがスパイである事は、愛する人たちに対して後暗い感覚をもたらしているのだと感じました。

オールドマンは今作でオスカーノミニーでした。シド・ビシャスやドラキュラ、オズワイルドなど、特異な役柄が多くてエキセントリックなイメージがある彼ですが、私が一番好きな彼は、どうしようもなく情けない男だった「蜘蛛女」のゲイリー。今回は優秀でどこまでも冷静、しかし妻が弱点というスマイリーを、ほとんど喜怒哀楽の表情なしで、静かに演じています。ほんの僅かな表情の差で、スマイリーの心の機微を表現して絶品でした。

キャストは全部渋くて素敵だったけど、特に良かったのはマーク・ストロングとトム・ハーディ。マークは普段は悪役が多いのですが、彼のスケールがそれほど大きくないので、何だか小物っぽいネズミに感じるのですが、今回の彼は繊細な役柄で、ハンサム度が異常にアップして本当に素敵でした。クリスマスパーティーである人にかける微笑みが、後の事柄の悲劇を一層切ないものにしています。トムの役柄は、最初はマイケル・ファスベンダーだったそうですが、マイケルが降りトムに廻ってきたとか。そのチャンスを生かし、頭脳プレイの幹部スパイと異なる、実行部隊であるスパイの悲哀が、充分に感じられる好演でした。

ラストの安堵の微笑みは、複雑な色んな意味を含んでいると感じました。と、書けるのはここまで。とても面白かった、今年の私的ベスト10に入れたいとだけ記しておきます。地味ですがただの推理ものにはない奥行と、人生にまで考えを及ばせる秀作でした。


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