ケイケイの映画日記
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2009年05月17日(日) 「ミルク」




あぁ、良かった。いや作品も良かったんですが、「良かった」と感じたことに安堵した気持ちが、「良かった」という表現になったと言う事で(ややこしい?)。実はこの作品の監督ガス・ヴァン・サントが、カンヌでパルムドールを取った「エレファント」を観たのですが、当時大絶賛の嵐であったのに、ワタクシ全然何も感じず。腹が立つならまだしも、取りあえず言いたいことはわかるんですけど、本当に何も感じないわけ。エンディングが出た時、「えっ?これで終わりかい!」と真っ青になり、狼狽した記憶が今でも蘇ります(悔し泣き)。だってね、私のようにこれだけ時間使ってお金使って映画観ている人間がですよ、「何も感じない」。これほどの敗北感がありましょうや?悔しいから、あっちこっち感想を読んで回りましたが、それでも「わからん」。以来、「ガス・ヴァン・サント」の名は、私にはトラウマに。どんな作品が来ようと、多分どーせわからんねんからと、避けて通っておりました。

しかし、あのショーン・ペンがオスカーの主演男優賞を取った作品なわけですよ。やっぱ避けて通るのはもったいない、ということで、意を決して観て来た訳です。トラウマ払拭の出来でした。


1972年のニューヨーク。ゲイであるのを隠してサラリーマン生活をしていたハーヴィ・ミルク(ショーン・ペン)は、40歳の誕生日に出会ったスコット(ジェームズ・フランコ)と恋に落ち、変化を求めて二人でゲイの住人の多い、サンフランシスコのカストロ地区に移住します。開いたカメラ店には、いつしかゲイの人達が集まり、社交場となって行く中、次第に自分たちや、他の被差別者たちの人権に関心が募るハーヴィ。活動を続けるうち、ついに市政執行委員に立候補します。

冒頭、ハーヴィとスコットのキスシーンが、あまりに自然なのでびっくり。何故すれ違っただけで、スコットもゲイだとわかったんだろう?という疑問も飛んでしまうほどです。ゲイの人達ばかり出てきますが、ペンを始め、ちょっとクネクネした仕草も可愛らしく、私にはその後のラブシーンも、男性同士という違和感は、あまりありませんでした。それどころか、ハーヴィとスコットの間で醸し出す情感は、お互いへの思いが充分溢れていて、濃密であり透明感もありで、私はとても好感が持てました。これはペンより、フランコが上手かったからだと思います。

一個人から、次第に政治家としての活動が主だってくるハーヴィ。公的な部分の自分が充実してくると、私人の部分は、パートナーともども孤独が深まるというのは、ストレートの人と変わりはありません。そして段々演説が上手くなり、市長や同じ議員のダン・ホワイト(ジョシュ・ブローリン)との付き合い方も狡猾なってきて、「プロの政治家」に変貌していく姿も自然です。素人の純粋さをいつまでも持っていては、政治家は務まらないと言う事なのだなぁと、感心しました。要は信念を曲げないということが重要でしょうか?

高齢者や被差別対象の弱者の救済に奔走して、勢力を拡大していくハーヴィ。しかし一口に「マイノリティ」と言いますが、私がハッとしたのは、友人たちに自分はゲイだと、親にカミングアウトしろと、ハーヴィが薦めるシーンです。私も在日韓国人で同じくマイノリティですが、家に帰れば「家庭」という温かさに包まれた空間があるわけです。しかし彼らにはそれがない。ゲイ仲間との交流は心を癒してはくれるでしょうが、血のつながった親兄弟に理解されないというのは、その苦悩と寂しさはいかばかりかと、同情しました。

自分を隠して生きるのは、本当に辛いことです。嘘の人生。嘘が嘘を呼ぶ虚しさを経験せず生きている私は、本当に幸せです。そう思うと、本当に彼らに味方したい。でも反対派の「それなら家庭を持ち、子供を作ると言うことは否定されるのか?」という答弁には、頷けるものがあります。私も息子たちには結婚してほしいし、人並みに孫の顔だってみたい。この辺観ながら複雑な思いがよぎります。

私が結論づけたのは、男性皆がゲイであることはないでしょう。それならば「少数の彼ら」を尊重するのは、許される事ではないかと。例えそれが自分の息子であっても。最大公約数から外れるからと攻撃するのは、賢いやり方ではありません。尊重すれば、必ず友好が生まれるものです。

オスカー受賞のペンは、いつもの油濃い熱演ぶりから、意外にあっさりとゲイのハーヴィを演じていてびっくり。しかし表面の可愛らしさと反比例するような、内面の男らしさを強く滲ませる演技で、良かったです。他の出演者の政敵ダン・ホワイトのジョシュ・ブローリンや、エミール・ハーシュ、ディエゴ・ルナなど、みんな良かったですが、何故この作品でブローリンがオスカー助演候補に?ブローリンがこれくらいの演技が出来るのは周知のことで、個人的にはホワイトの心の動向の掘り下げ方がやや浅く、ああいう行動に出たのは、イマイチ納得出来なかったです。

この作品で一番良かったのは、ジェームズ・フランコ。若者らしい無謀さを感じさせる出会いの頃から、ハーヴィを信頼し心から愛している様子が感じられます。スコットが知性も感じる誠実で落ち着いた大人に成長出来た理由は、きっとハーヴィとの恋だったのでしょう。相手を引き立て、自分も輝くというのは、演じ手としては難しいと思いますが、今回のフランコはそうでした。助演賞のノミネートなら、フランコにしてほしかったな。

画面からはゲイの人の情感は溢れていましたが、それ以上にパブリックに政治家として生きる信念が伺えて、私はとても「男らしい」作品だと思いました。濃密な空間はあっても決して濃厚ではなく、芯の強い作品でした。


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