ケイケイの映画日記
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2009年02月17日(火) 「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」




へぇ〜、これでフィンチャーかぁ、というのが率直な感想。この題材でフィンチャーが描くなら、もっと捻りが効いて、格調高くもグロテスクに描いているのかと想像していました。しかし実際は、水彩画のような淡い美しさが魅力の作品に仕上っていました。なかなか素敵な作品です。

1918年のニューオリンズ。ある夫婦の元に男子が生まれましたが、妻は死んでしまいます。父親(ジェイソン・フレミング)は生まれたてなのに、80歳の老人あるような息子の姿に悲観し、老人ホームの階段の下に息子を置き去りに。彼を拾ったのは介護士のクイニー(タラジ・P・ヘンソン)。彼女は神の贈り物だと、その子にベンジャミン(ブラッド・ピット)と名づけ、慈しみ育てます。長く生きられないと言われていたベンジャミンですが、年齢とは逆行し、少しずつ若返って行きます。ある日ベンジャミンは、ホームに祖母の面会に来たデイジー(ケイト・ブランシェット)と、運命的な出会いをします。

咄嗟にベンジャミンを捨てた父親の心情はわかるなぁ。最愛の妻が亡くなったのは、このモンスターのような赤子のためだと、一瞬憎しみすら感じたのでしょう。妻の子供を頼むとの遺言に揺らぎつつ、子供を捨ててしまう父親。これが普通の赤ちゃんだったら、捨てられなかったかも。

ベンジャミンを迷いもなく育てるクィニーの気持にも共感。彼女は子供が産めない体でした。そんな自分への神様からのプレゼントだとする心は、信仰の厚い彼女の様子から納得出来ます。それと上手かったのは、ベンジャミンが育った場所が、老人ホームだということ。これなら彼が異端者扱いされることもなく、静々毎日が過ぎて行っても、何の疑問もありません。それどころか、数々の経験をしてきた人生の先達たちは、彼に自分の人生から得た教訓や教養を与えてくれます。体は老人でも精神は瑞々しいベンジャミンの心は、きっとスポンジのように吸収したことでしょう。この辺までの演出は、奇異なはずのファンタジーを、全く無理なく見せて、脚本(エリック・ロス)の上手さに惚れ惚れするほどです。

いくら実年齢が若くても、人はやはりその人の外見に惑わされるものです。容姿は熟年でも、まだまだ少年を出たばかりの彼には、寂しさから倦怠と憂い、そして芳しい「年上の女」の香りを上品に発散させるエリザベス(ティルダ・スウィントン)は、さぞ魅力的だったでしょう。その時デイジーはまだほんの少女。そして再開した時にも、微妙にお互いの気持ちはすれ違います。異性に対しての成熟度が、微妙に男女で差があるのがわかります。

若かりし頃発展家だったデイジーがストイックに自分を見つめている頃、若返る外見の恩恵を受けたベンジャミンが、女性修行に励む姿がおかしいです。うん、この方が自然だわ。やっと二人の心と外見がぴったり重なるのは、各々30代後半から40代でしょうか?人生のほんの一時、今までのギャップを埋めるかのような毎日を送る二人。少々享楽的ですが、ベンジャミンの生い立ち知る私は、この姿に幸せを見出し嬉しく思います。

段々若返る恋しい人に彼女は自分の皺を気にします。10年前はベンジャミンを圧倒していたのは、彼女だったのに。男女の間では、若さが常に優位に立つのだと実感させる演出です。しかし老いとは何か、若さとは何かを幼い頃から見つめ続けたベンジャミンに見えるのは、デイジーの内面だけなのです。

ベンジャミンの育った老人ホームに立ち込める死の匂い。しかしそれは寂しさは伴うものの、穏やかな夕暮れの日差しを思わす、穏やかなものでした。段々若返る自分に戸惑うことなく、流れに身を任せながらも、自分を見失う事のなかったベンジャミン。それは常に死を身近に感じて暮らした、老人ホームでの日々が、彼に与えてくれた恩恵なのでしょう。

例え老人に生まれて若返ろうが、母の愛に慈しまれ、多くの大人に人生の手ほどきを受けて、愛する人と巡り合う。そして迎えるものは。奇妙な運命に生まれたついた彼が辿る人生は、決して数奇ではなく、平凡で幸せなものでした。

私がこの作品から感じた最大のものは、どんな境遇に生まれても、人とは生まれた時から、等しく死に向かって生きているということです。だから今この一瞬を無駄にしてはいけないのでしょうね。老いて生まれたベンジャミンは、一度たりとて「今その時」を無駄にはしていませんでした。

撮影技術やCGを駆使してのブラピとケイトの変遷は見応え充分。若返ったブラピの美しさに話題集中ですが、私はケイトの方に目を見張りました。それに演技も流石で、若い娘の発散する熱気や我がままさ、熟年期の哀しみまで、本当に上手くて感嘆しました。ブラピは良かったけど、これでオスカー候補とは、ちょっとなぁ。断然「ジェシー・ジェームズの暗殺」の方が良かったのに。

ベンジャミンのお父さんは、あの時偶然に息子に会ったのではなく、ずっと見守っていたのだと思います。再婚もせず、他に子供を作らなかったのは、亡き妻とベンジャミンへの詫びと愛なのでしょう。父の辛い人生を支えたのは、ベンジャミンの「成長」だったことでしょう。父と息子の和解、今際のきわのデイジーの元に現れたハチドリ、そして最愛のデイジーに抱かれたベンジャミンなど、「死」を重要なモチーフに描く事で、一生懸命でも生き生きでもないけれど、「誠実に生きる」という事の大切さを、教えてもらえる作品でした。



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