ケイケイの映画日記
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2008年02月15日(金) 「ヒトラーの贋札」




面白かった!ナチス時代のドイツを描いているので、ジャンル的にはホロコースト物だと予想していましたが、その手の味付けは薄味ながら、ナチスに弄ばれる人々の心を深々と描きつつ、娯楽色の強いサスペンスタッチも冴えた秀作でした。本年度のオスカー外国語賞にもノミネートされている作品で、実話を元にしています。



第二次大戦中のドイツ。ユダヤ人の贋札・偽造パスポート作りの名人ソロヴィッツ(カール・マルコヴィクス)は、ナチス親衛隊のヘルツォーク(デーヴィット・シュトリーゾフ)の罠によって捕まり、収容所へ送られます。そこで数年を経たソロヴィッツですが、収容所の数人と共に、ラクゼンハウゼン収容所の移送されます。そこには昇進したヘルツォークがいました。移送された者はソロヴィッツの他には、印刷工のブルガー(アウグスト・ディール)や美大生のコーリャなどです。彼らは「ベルンハルト作戦」と名付けられた、イギリスの経済を陥れるための、ポンド紙幣の偽造のために集められたのでした。

正に「芸は身を助ける」です。ソロヴィッツは苦しむ同胞を尻目に、腕を頼りの一匹狼の小悪党でした。まさかそれが自分の身を助けるとは、思っていなかったでしょう。「同胞って何だ?関係ない」とうそぶく彼ですが、「ベルンハルト作戦」のチームリーダーに抜擢されては、そうはいきません。贋札をちゃんと作れるかどうか、同じ仕事に就いている同胞の命がかかっているのです。

今の収容所には暖かく清潔なベッド、満足の得られる食事と休息、適切な治療。何もかもが家畜以下の以前の収容所とは段違いです。束の間の人間らしい生活に、今の境遇を忘れそうになるユダヤ人たち。しかし偽造に従事する彼らだけを囲んだ塀の外では、他の収容所と同じ、虫けらのような扱いを受ける同胞たちの様子が伺えるにつれ、チームの者にも不協和音が響きます。

彼らは命令を果たせなければ、死が待っています。しかし成功すれば命や待遇は守られるが、ナチスの力を増大させ、同胞たちの苦しみは増すばかり。
助け合いながら、まずは自分たちの命を優先させる者が多数の中、明確に反ナチス活動をしていたブルガーだけが、命令に背こうとします。

しかし一人が背くと、他のみんなの命も危なくなるのです。一匹狼のはずが、否応なく、みんなをまとめる役目をしなくてはいけないソロヴィッツ。誰もが正当な、理解出来る態度をとる中、ソロヴィッツがどう出るか、とてもドキドキします。それは観客が、「もしあなたがソロヴィッツなら、どうしますか?」と、監督から問いかけられているようです。

「自分は暖かいベッドが与えられているのに、妻はアウシュビッツだ」と涙ぐむブルガーに、ソロヴィッツは、「泣くな。泣くとあいつたち(ゲシュタポ)が喜ぶだけだ」と、冷静な言葉を吐きます。妻や子供はどこにいるのか?もう亡くなったのか、他の収容所にいるのか、それともまだ隠れているのか?それによって、格々微妙に生への執着が違うのです。ブルガーが明確に自分の心に正直になったのは、妻の行く末を知ってからです。過酷な状況の中、「生きる」ということは心の支えがなくば、自分一人では本当に辛い事なのでしょう。

冒頭は戦後のシーンで、モンテカルロに来ているソロヴィッツでした。猫背で狭い肩幅、少しハゲた頭にハンサムとは言い難い貧相な男でした。しかし作品のほとんどを埋める回想シーンのリーダーである彼は、どうやって仲間を守るか、裏切りをさせないか、みんなをまとめるのに四苦八苦の彼は、とても男らしく素敵で、小悪党では決してありません。イデオロギーもなく、自分だけ良ければだった彼が、身近な同胞、そして塀の外への同胞のためどうすべきか?常に心に留める男になって行きます。観ている内に、冒頭の彼の姿は、全てが終わった後の、虚脱感がなせる姿なのだなぁと、しんみりとしました。

一心に心を砕き、若いコーリャを誰よりも愛しむソロヴィッツ。彼にとっては、若いコーリャの生を守る事が、支えであったように思います。それがラストの展開へと結ばれていきます。

親衛隊の数々の蛮行を映しながら、この作品も決して自虐的なドイツ映画ではありません。私の記憶に残ったのは、豪気なソロヴィッツのしたたかさと、生への執念を燃やすユダヤ人たちの心でした。それはユダヤ人たちの心を、讃えているようにも感じるのです。戦争で何があったのか?正しく自国民、そして他国の人へ知ってもらうのは、私は加害者側の最大の謝罪ではないかと思います。



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