ケイケイの映画日記
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2005年11月19日(土) 「ヴェニスの商人」


木曜日にテアトルで「乱歩地獄」とはしごして来ました。両方とも二時間超でしたが、全然毛色の違う作品ということで、疲れも腰痛も感じず楽しんで来ました。

あぁ知らなんだ知らなんだ!シャイロックがあんなに可哀相だったなんて!
今回誰でもが知っているお話ということで、あらすじは割愛。思えば小4の時「少年少女世界の文学」の「シェークスピア」の巻で、この作品を読んだっきり、大人になって読んだことはありませんでした。私は記憶にないのですが、国語の教科書にも載っていたそうです。

シャイロック(アル・パシーノ)はユダヤ人で、狡猾で悪徳金貸しのイメージが広く行き渡っていると思われます。ですがこの作品のでは冒頭で16世紀のヴェネチアでは、いかにユダヤ人が迫害され虐げられているかを印象付けるシーンとナレーションで、観客に伝えます。キリスト教徒はお金を借りる時も居丈高で、借りてやるという態度。人間扱いされず、赤い帽子を被らされ屈辱にまみれて迫害されてきたユダヤ人のシャイロックは、その上キリスト教徒と娘ジェシカが駆け落ちするんですから、自分を馬鹿にし、唾まで吐きかけたアントーニオ(ジェレミー・アイアンズ)から人肉1ポンドをどうしても取りたくなっても当たり前の気がします。

有名なポーシャ(リン・コリンズ)が男装して法廷に出て「1ポンドだけ切り取るように。血は一滴も流してはならぬ。」も、昔は悪徳シャイロックを懲らしめる爽快な場面だと思っていましたが、まるで一休さんのとんち問答のような言いがかりに思えます。でも一休さんの場合は一泡ふかされるのが権力者の将軍様ですので愉快ですが、こちらは底辺を懸命に生きてきたユダヤ人なので、なんともやり切れません。ポーシャは慈悲深いことの尊さを神の心に例えて諭しますが、ならば同じ人間であるユダヤ人を虐げたキリスト教徒にはそれは間違っていると諭さないのか?これだけシャイロックが如何に自分が辛い目にあっているかを訴えるのに、結局彼の命を助けるのを望んだアントーニオが慈悲深い人になる展開に疑問がいっぱい。キリスト教徒に改宗するようにさせるなんて、人格否定、人権蹂躙じゃないの?いや疑問も何も、有名すぎる原作がそうなんですから、どうしようもないのですが。これは原作どおりなんでしょうか、それとも監督のマイケル・ラドフォードの意向でしょうか?是非その辺が知りたいので、読んでみます。

パシーノは渾身の演技でシャイロックの哀しさと孤独を表現、悪徳どころか知性的で、一人で迫害に戦う強情な強さと、ラストの虚脱感まで寸分隙なく魅せてくれます。アイアンズはちょっと年取りすぎかな?イマイチ影の薄いアントーニオですが、バッサーニオに友情以上の愛を感じている気がしたのは彼が演じているからでしょうか?そのバッサーニオを演じるジョセフ・ファインズは適役で、コスプレ姿も板について(そりゃシェ―クスピアを演じたんだから)素敵でした。でも金借りて求婚なんて情けなや。コリンズは16世紀のお姫様姿がよく似合い、ちょっとケイト・ブランシェットに似ていると思いました。でも清らかな体であなたを待ちますわ、なんて殊勝なことを言う割には、指輪を使って夫の心を翻弄してみるなど、色恋の手練手管に長け、とても処女には思えませんでした、ハイ。

16世紀のヴェニスの風景を再現したセットや美術が素晴らしく、細部にまで凝った作りで感嘆します。誰でも知っている筋を、当時の見せ掛けの華やかさやユダヤ人迫害の矛盾だらけの時代であったことも追求し、重厚な作りで最後まで面白く見せきってもらいました。


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