ケイケイの映画日記
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2005年05月22日(日) 「スカーレットレター」

冒頭先日亡くなったヒロイン役のイ・ウンジュへの追悼で始まる作品。日曜日でも空いているのが珍しくないシネフェスタで、そこそこ盛況と言える人数で観ました。ハン・ソッキュ久しぶりの主演作であるのと、やはりウンジュの件が関心を呼んでいるのでしょうか?

ある写真館の店主が頭を割られ死亡した側で、血まみれになった店主の妻が立ち尽くしています。担当の刑事ギフン(ハン・ソッキュ)は、妻ギョンヒ(ソン・ヒョナ)に疑いをかけ、早々に終結すると思いきや、事件は混迷を深め中々犯人は挙がりません。ギフンは現在妊娠中の清楚で従順な妻スヒョン(キム・ジウォン)がおりながら、妻の学生時代からの親友のジャズシンガーのカヒ(イ・ウンジュ)とも愛人関係にあります。上手く二人の女の間を行き来していたギフンですが、カヒの妊娠により、三人の関係もまた泥沼のようになっていきます。店主殺しと三角関係、二つの話が複雑に絡んで、予想もしなかった事態に発展して行きます。

物語の主軸はギフンと彼をめぐる二人の女です。店主殺しの犯人探しの部分は、三角関係の狂おしい愛憎のスパイス程度のもので、劇中で「不思議な雰囲気」と評されるギョンヒの華奢な体から香るエロティシズムが、その感を強めます。

私は結婚しているので、普通は不倫物では妻の方に感情移入するケースが多いのですが、何故かこの作品で終始心が揺さぶられたのはカヒの方。それには後で深く納得できる答えがあります。愛人という立場をわきまえ、決してギフンの家庭を壊す気はないのですが、同じあなたの子なのに、一人は祝福され一人は疎まれ、どうしてなの?抑えきれない感情が爆発してしまうのが、とても理解出来ます。関係を修復しようとギフンがカヒの元を訪れた時、最初は無視するようにしていたのに、次第に感情を高ぶらせ男の不実をなじりつつも、ギフンの「産んでもいい、俺が悪かった」という言葉に、待っていたかのように大泣きしながら、心も体も男の下になだれ込む時のイ・ウンジュの演技は圧巻です。この後激しくギフンの体を求める様子とで、カヒという女性の全てが理解出来るのです。

妻を愛しカヒも愛しているというギフンの言葉は本当でしょう。不実な男ながらカヒを切り捨てることの出来ないのは、間違っているとはいえ優しさです。しかし彼は優しさと愛を混同しているように思えます。何故最初の妊娠で自分に黙って妻が中絶したのか尋ねようとしないこと、浮気がばれ機嫌をとろうと、もういい年であるはずの妻に人形をプレゼントしようとするなど、愛していると言いながら、ギフンは妻の表面だけを愛していて、心を見ていない気がします。

妻からの離婚して欲しい、の言葉は、実は浮気をとがめただけでない、二重三重に複雑に絡むこの三角関係に、深くかかわっています。二人の妊娠中の女同士が「対決」する場面で、目の前の飲み物に手を出さないスヒョンに、勝手に味見してしまうカヒに、いくら仲の良かった友人同士でもあまりに不躾だと思いましたが、それには理由があったのです。これは男女に置き換えれば理解出来ることです。

カヒは自分の誕生日に別れを決意しながらギフンを誘います。ギフンもまた別れを心に秘めてのドライブでしたが、「私の誕生日を覚えていなかったでしょう?」という彼女に、妻に渡しそびれた人形を、さも覚えていたかのようにプレゼントします。その時咄嗟にとったカヒの行動が、この関係に決着をつけます。カヒは人形は自分のプレゼントでなく、妻にだと確信したのでしょう。何故ならカヒこそ人形をプレゼントされて喜ぶ女性ですが、決してギフンはそんな自分を知ろうともしないのを、彼女は知っていたからです。

このようにとても細かく後で頷けるような小技を駆使して、複雑でスリリングな男女の愛憎が上手く描写出来ているのに、韓国映画独特の、過剰な血にまつわる凄惨なシーンが、それをマイナスさせてしまいます。別に殺人など起こさずとも、奇妙なセックスアピールを発散するギョンヒを、このまま設定を変えて狂言回しにすれば良かったのにと思いました。あれくらいの事件が迷宮入りするのも不可思議です。

「愛していれば何をしてもいいの?」というギョンヒの問いに答えられないギフン。それは女二人が本当に人を愛するということを知っているのに、ギフンは愛するということを本当は知らないから、答えられなかったのはないでしょうか?冒頭のアダムとイブを示す聖書からの引用、不倫、中絶、懺悔、凶器のマリア像など、随所にキリスト教の戒律との関係が匂います。そこのところが私にはちょっと不確かで、理解出来ればもっと深く味わえる作品だと思いますが、わからずとも見応えは充分です。

久しぶりに観るハン・ソッキュは、やはり素敵でした。難しいこの作品で、不誠実な男の身勝手を演じても、哀れさと何故カヒにあれほど愛された男なのかを、説得力のある演技で表現出来ていました。写真だと魅力が伝わりにくい彼ですが、この画像のポスターはスクリーンの彼がよく出ています。息を呑むほど美しいイ・ウンジュとともに、忘れられないポスターになりそうです。


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