ケイケイの映画日記
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2005年02月22日(火) 「トニー滝谷」

村上春樹原作、市川準監督の作品です。今日はこの作品を上映しているテアトル梅田はメンズデーで、大阪はここだけの公開と相まってか、そこそこの入りでした。男性の一人客が多かったようです。感想はと言うと、とても書くのが難しい作品です。ですが孤独と喪失感を描いて、透明感と穏やかさを併せ持った不思議な作品です。75分と短い時間ながら、言葉足らずも感じませんでした。ネタバレがある作品ではないですが、今日は短いのでストーリーに触れた感想です。

トニー滝谷(イッセー尾形)の本当の名前は、トニー滝谷でした。ジャズマンの父親(尾形の二役)が名づけました。「生と死は髪の毛一本の間」の戦争から帰還した父は、家族が戦争でみんな亡くなり、結婚したトニーの母も、トニーを産むと3日で亡くなりました。その名前のため学校でも浮いてしまい、仕事で旅から旅の父親はいつも不在で、一人で過ごす時間ばかりの彼は、さほどそれが苦痛と思わず、孤独も感じませんでした。美大を出てデザイン会社に就職したトニーは、それからイラストの仕事で独立します。そんな彼の元へ、仕事関係で小沼英子(宮沢りえ)がトニーを訪ねます。初めて心から女性を愛した彼は、英子と結婚します。初めて孤独から身を遠くする日々。もしまたあの日々に戻ることになったら自分はどうなるのか?そんな一抹の不安を抱えながら毎日を過ごす彼に、突然英子が交通事故で亡くなります。

物語は西島秀俊のナレーションが中心で進み、登場人物のセリフは最小限です。時々ナレーションにセリフがかぶり珍しい趣向ですが、前衛的な雰囲気ではなく、クラシックな邦画を観ているような錯覚にとらわれます。西島のナレーションは、ぼそぼそ喋る彼の持ち味が生かされ、静かですが無機的ではなく素朴な感じがし、セットや登場人物が少ない画面を上手く補っていました。

滝谷はいかにも孤独という風情ではありません。普通に見れば落ち着いていているだけに見えます。しかし人としての感情がとても希薄なのです。喜怒哀楽がまるで伝わってこない。ですが冷たいという感じもありません。これは常に孤独と向かい合った人生を送っているから、感情を表す場所もなかったのかと感じました。しかしトニーのような生い立ちで、破天荒に生きる人もたくさんいるわけで、彼の生真面目さがよく伝わってきます。演じるイッセー尾形は、こんな空気に溶け込むような滝谷を、しっかり観客の心に入り込ませます。

大人になってからは2年か3年に一度くらい会う父子に、ナレーションは、「省三郎(父)は父親には向いていない、トニーも息子に向いていない。」と語ります。そうでしょうか?戦場で気がふれても仕方ないような状況に置かれ、日本に帰れば焼け野原で家族は死んでいる。やっと平穏な生活を掴んだと思ったら、妻は乳飲み子を残し死んでしまった。その度に彼は悲しみ落胆したのではなかったか?ほとんど世話をしてやれなかったと言え、再婚もせず息子と二人の生活を守った父は、息子と距離を置くことで、息子に去られた時の悲しみをやわらげようとし、息子と同じ孤独を味わうことが、父なりの不器用な愛情の表し方ではなかったかと思います。

妻英子は完璧な主婦なのに、洋服を異常に買い漁ることが欠点です。結婚前、自分の給料はほとんど服につぎ込むという彼女が、「服って自分を補うものだと思うんです。」と滝谷に語ります。自分の中の自信のなさを、服を買うことで落ち着かせていたのでしょうか?何年も付き合った恋人をふって知り合ったばかりの滝谷と結婚したのは、彼女は洋服依存症があるので、経済的豊かさと、15歳年上の夫の寛容さを期待したのかと思っていましたが
彼女が死んでから偶然滝谷が出会う、元恋人を見て違うと思いました。

「あいつ死んだんですってね。あいつは大変だったでしょう。」と言う元彼に滝谷は、「そんなことはなかった。あいつと呼ぶのは止めてもらいたい」と言います。元彼は滝谷の後ろから「あんたはつまらない人だ。あんたの書くイラストみたいだ。」と罵声を浴びせます。英子は滝谷のつまらなさに賭けたのかと、その時私はハッとしました。私はつまらない男性が好きです。つまらないと言われる人は、真面目で誠実な人が多いです。そして元彼のような無礼な物言いもしない。彼女が期待したのは、自分の中の不安感を、この人なら払拭してくれると言うことだったのかと思いました。「彼女も深く滝谷を愛していた」というナレーションが物悲しいです。

滝谷は妻の死を受け入れるため、妻と体のサイズが同じ女性(りえ二役)を会社に雇い、膨大な妻の服を制服代わりに着ることを入社条件にします。その膨大な高価な服の海の中、女性は何故か泣いてしまいます。この涙がなんとなく理解出来ます。高価な洋服を買っても買っても満足出来ず、若くして亡くなってしまった持ち主の哀しさを、買ってくれた夫の愛に応えることの出来なかった無念さを、女性は感じてしまったのでしょう。

ラストは英子との日々が、滝谷にとって人生のドアを大きく広げてくれる出来事だったと感じさせます。以前に戻るのではなく、新たな一歩を踏み出そうとする彼に、背中を押してあげたい気分でした。

観る人を選ぶ作品かと思いますので、是非どうぞとは言えませんが、私は好きな作品です。想像力ではなく感受性で観る作品でしょうか?音楽は坂本龍一。耳障りは良かったですが、私には可もなく不可もなくでした。孤独と喪失と言うのは、古今東西よく映画の題材になりますが、こんな描き方も出来るのですね。人間にとって、この二つと向かい合うのは永遠のテーマなのだと、改めて思いました。


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