ケイケイの映画日記
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2004年08月19日(木) 「ふくろう」

普段の月はだいたい週2本のペースで映画館に通っていますが、今月は夏休みやお盆などで、まだ2本しか観ていません。午前中だけとは言え仕事を持つ主婦が、月7〜8本映画を観ていると書くと、まるで何も家事をしていないように思われそうですが、(まぁ、大した事はしちゃいませんが。)
実際は末っ子が学校から帰ってくる午後3〜4時までには帰宅し、土日祝に出かける時は、家族がみんな出払った後、これまた末っ子が帰宅するまでに
帰るという、ほとんど綱渡り状態で観ていますので、一旦綱から落下すると中々上れません。

何故そんなにしてまで観るかと言えば、映画が好きだから。ただそれだけです。今20歳と18歳の上の息子達が4歳と2歳の時、初めて「東映まんが祭り」に連れて行った時、映画館で観ると言うところまでやっと漕ぎ着けた、と思わず感激して泣いてしまい、子供達をびっくりさせたこともあります。

私がこの作品を観たかったのは、前々回書いた「鬼婆」の新藤監督が、同じように貧困にあえぎながら、たくましくしたたかに立ち向かう女性二人を現代に甦らせた設定だったからです。演じるのは大竹しのぶと伊藤歩。
去年の「阿修羅の如く」でも、ラスト、小林薫が「女は阿修羅だな・・・」とつぶやくその姿を、4姉妹で唯一感じさせた大竹しのぶは、ここでも超快(怪)演です。設定は37歳で、正直無理がありまくりのしわしわ目尻でしたが(製作時45歳)、いくつになっても可愛い声とカマトトな風情は、年を取ると獰猛さがプラスされ、怖い系一歩手前のお色気を醸しだし、カモにした男みんながなびいてしまうのは、納得の魅力でした。

娘役の伊藤歩は、この作品で初めて観ました。大竹しのぶと対等や食う演技をする若い女優はいるはずもなく、居たとしても怖いので、彼女のような涼しげな容姿の素直な感じの人が演じる方が、ブラックユーモアの毒が上手く中和されて、良かったと思います。

私がびっくりしたのは、御年92歳の新藤監督の性の描き方の巧みさです。男を家に連れ込んでは体を与え、その後殺して有金残らず頂戴してしまうのですが、一戦交えた後、必ず母親の口紅が取れ化粧がはげていました。最後の方は選手交代で、娘がお相手するのですが、その時も同じです。そして毒薬の入った酒を持って待っている方は、ちゃんと口紅がついている。92歳にして、この観察力には脱帽してしまいました。

全体に一幕の舞台のようなのですが、ラスト近くの怒涛の展開は、舞台化された方が合い、さぞ面白かろうと思いました。村に帰ってきた少年のお話しは少しお涙頂戴が過ぎる気もしましたが、よくよく考えれば行政の手助けを受けようと思えば、その知識がなければ何も出来ません。荒れた土地に閉じ込められた人々に、その機会はなかったろうと思います。その他、母娘の毒牙にかかるのは、全てお上の側やそれに順ずる男たちで、この母娘がこうなった責任の所在は国にあると、女達に叫ばせています。

「人間は色と食(しょくとしょく)に欲がなくなったらおしまい。」と言う言葉を、受付をしている病院の先生から聞いたことがあるのですが、なるほど、「鬼婆」同様また女二人に、生きることとは食べることなりとでも言うように、ガツガツ貪り食わせていました。だいたい高齢の夫婦は夫が先に亡くなると、妻は生き生きしだすのに、その反対はすぐ後を追うように亡くなると言いますが、新藤監督、まだまだ元気で撮り続けて下さるようです。


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