♀つきなみ♀日記
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2001年03月19日(月) 彼岸・桜ふたたび

ぼたもちを作る。ダイエットはお休み、とは名ばかりで無期延期中<=おい!

それはともかく、今日は春分の日っつうかお彼岸の中日だった。お彼岸の蘊蓄は山ほどWEB上にもあるのではしょるけど、時々情報が落ちているのはこの行事は仏教行事ではあるんだけど、日本特有のものだと言うことだ。

「日本後紀」のなかで大同元年(806年)「崇道天皇の奉為に諸国国分寺の僧として春秋二仲別七日金剛般若経を読まわしむ」とあるのが、文献に現れる日本ではじめて彼岸会であるとするのが一般的なんだけど、春分・秋分の祭祀は元来易暦系の物で、暦が普及する以前にも行われていた春の祖先供養に、二十四節気が乗っかって年二回の行事になり、それに仏教行事がかぶさったのではないかと言われる。仏教でこの日に祭祀を行うのは、昼夜の長さが同一である処から、「迷い」の境地と「悟り」の境地、つまり現世の此岸と涅槃の彼岸の接する日と位置づけられた。

ここでも日本の各信仰は、宗教性より土着祭祀と融合した独自の精神的支柱としての地位が垣間見られる。って言うか、現在は仏教各宗派で行われている訳なんだけど、元々宗派儀礼ではないんだよね。でもどこでもやってる。

本居宣長は桜をこう詠んだ

敷島の倭ごゝろをひととはば朝日ににほふ山さくら花

異論はあると思うけど、私は「やまとこころ」の本質は、四季の表情豊かな自然に恵まれた、感受性の豊かさに有ると思う。杓子定規な押し付けの法理や、取ってつけたような為政者の論理を、「へえへえ」と聴きながらも、自らの為に勤勉に毎日を過ごして、父母の恩に手を合わせ、子供達を慈しみ、知人との確執に恩讐を抱きながらも、また自らの為に勤勉な毎日を過ごす。それを許す肥沃な地味と、時として努力をも裏切る天災の中で、営々と代を重ねる人々の瞳に映る、咲く花々と流れる雲と移りゆく日々を感じる豊かな心こそが、「やまとこころ」であった気がする。

家族が打ち揃って、お彼岸にお墓参りへゆく。これは宗教行事じゃなくって、一つの節目だったんだよね、きっと。

淡い色のソメイヨシノになんの罪もない。でも、前に書いたように「散華」と「桜」を為政者が結び付けた頃から、「やまとこころ」は急速に色を無くして行った気がしてならない。

私の大好きなサイトに桜巨木伝がある。全国の桜の巨木や老木を求めて撮影してゆくという素晴らしい企画なのだが、ほとんどの桜は当たり前だが、彼岸桜か山桜だ。そしてその老木の殆どは、桜並木や桜の森にではなく、ぽつんと立っている事が多いのが、なんだか悲しい。


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