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2020年06月22日(月) 葛藤から抜けた時

自分の望む将来はずっと他人依存であったこと、そして自分でコントロールできない環境のせいにしていたこと、つまり、自ら迷いながら生きることを選んでいたのではなかったか。ずっと他人依存から抜けられず本来の自分が望む現実を引き寄せられないまま過ぎてしまった。とりわけ大きな不幸もなく、平穏に自分の周りの日々が過ぎていくことは確かに幸せではあるけれど、同じ失敗や絶望感を繰り返し、後悔し、時には他人を憎み、自分を憎み、その憎しみはどんどんと強くなる一方だった。

そこから抜けるまでには葛藤があった。どんなに気の利いた歌を聴いても、美しい音楽を聴いても、詩を読んでも、大自然に身をおいても、葛藤があるうちは真に安らぎを覚えることはない。自分に嘘をついているから。

自分に嘘をついていると分かっていても、なんとか憎い自分から抜け出したいという思いがあった。「あきらめ」という言葉が、かつては救いになっていた。あきらめることで、一時的な葛藤から離れることができる。受け入れがたい現実をも、受け入れられた気がするのであった。それは一時的な手段にすぎなかった。


他人依存ではない、自分自身の中に目標が見えた時、そして心から納得できた時に初めて葛藤からは自由になる。


川村 |MAIL